膵炎はその名の通り、膵臓に炎症が起こる炎症性疾患であり、人や犬と同様に猫でもよく見られる病気です。
急性~慢性、無症状~重症・致死性のものまで様々な病態がみられ、また合併症も見られることが多いため、早期に診断し適切な治療が必要な病気でもあります。
アメリカ獣医内科学会(ACVIM)は、猫の膵炎のコンセンサスステートメント(ガイドラインのようなもの)を2021年に発表しています。
この記事では獣医もりぞー先生が、ACVIMコンセンサスステートメントに基づいた猫の膵炎の診断と治療についてわかりやすく解説します。
- 猫の膵炎ってどんな病気?
- 診断方法にはどのようなものがあるのか?
- お家のネコちゃんにどんな検査が必要なのか?
このような疑問を解決するキッカケになると思いますので、是非最後までご覧ください。
- ACVIMコンセンサスステートメントにおける猫の膵炎の診断
ACVIMのコンセンサスステートメントとは
アメリカ獣医内科学会(American College of Veterinary Internal Medicine:ACVIM)により2021年に出されたコンセンサスステートメントです。
コンサンサスステートメントとは、学会などの専門機関が、研究論文などのエビデンスを基に専門家の意見を交えて取りまとめられた知見を提言しているものを指します。
猫の膵炎においては、専門医たちが8名(内科医5名、放射線科1名、臨床病理1名、病理解剖1名)集まり、多くの研究を基にしてこの提言を作成しています。
このコンセンサスステートメントでも冒頭から言われていますが、作成に当たって、膵炎の診断に関するエビデンスや報告は多かったものの、猫の膵炎の自然発生の病因や病態、さらに治療に関する報告はあまりなかったとのことでした。
しかし、専門医達が診断以外の治療を含めた項目に関しても意見を取りまとめているため、非常に参考になると思います。
膵臓とは
猫の膵臓は腹部の背中側にあり、左膵葉、右膵葉、膵体部からなる臓器です。
その形状から、胃や十二指腸、結腸、肝臓、胆嚢、総胆管など様々な臓器に近接しており、様々な臓器と相互に影響を及ぼしています。
そのため、膵臓で炎症が起こると様々な臓器にも影響が及びます。
膵臓の役割とは
膵臓の役割は2つあります。
1つはホルモンを分泌する役割で内分泌といい、もう一つは消化酵素を分泌する役割で外分泌といいます。
膵臓の内分泌
膵臓にはランゲルハンス島(膵島)と呼ばれるホルモンを分泌する領域が存在します。
膵臓のランゲルハンス島の細胞からは、糖の代謝に必要なインスリン、グルカゴン、ソマトスタチンなどのホルモンが分泌されます。
これらのホルモンの作用によって、血糖値が一定濃度に調節されています。
特にインスリンは血糖値を下げる唯一のホルモンであり、糖尿病と関連性の深い重要なホルモンです。
膵臓の外分泌
食べ物を消化するための消化酵素を含む膵液を作り、十二指腸に送り出します。
膵臓の腺房細胞では、以下の酵素が分泌・貯蔵されているます。
- 蛋白分解酵素:トリプシン、キモトリプシンなど
- 脂肪分解酵素:リパーゼ
- 炭水化物分解酵素:アミラーゼ
- 核酸分解酵素:リボヌクレアーゼ、デオキシリボヌクレアーゼ
このうちリパーゼやアミラーゼは活性型の状態で分泌・貯蔵されていますが、蛋白分解酵素であるトリプシンは、不活性な消化酵素前駆体(チモーゲン)、すなわちトリプシノーゲンとして分泌され、チモーゲン顆粒の中に貯蔵されています。
このチモーゲン顆粒は、分泌刺激を受けると、膵臓から膵管を通って膵臓の中心を通る主膵管に集められ、十二指腸に放出されます。
十二指腸に放出されたトリプシノーゲンは、十二指腸粘膜から分泌されたエンテロキナーゼによって蛋白分解酵素のトリプシンに活性化されます。
それが引き金となり、より多くのトリプシノーゲンや他の消化酵素も連鎖的に活性化され、消化作用を示します。
膵炎はどんな病気?
膵炎になるメカニズム
膵炎は先ほど説明した膵臓の外分泌のメカニズム異常によって起こる疾患です。
元々、膵臓には酵素前駆体(チモーゲン)の早期活性化から膵臓を守るしくみがあり、消化酵素は不活性型の前駆体として、チモーゲン顆粒の中に閉じ込められており、膵臓の中では活性化しないようになっています。
膵炎は、チモーゲン顆粒の中に閉じ込められているはずのトリプシノーゲンの活性化が、何らかの原因で、早期、つまり十二指腸に放出される前に膵臓内で起こってしまうことから始まります。
さらに、連鎖的に他の消化酵素前駆体も活性化されることで、膵臓自体を消化してしまい、炎症を起こしてしまうことにより生じます。
膵臓内でトリプシノーゲンがトリプシンに活性化する原因としては、いくつか仮説があるものの、まだよくわかっていません。
膵炎の定義とは?
ココからはコンセンサスステートメントも交えて解説していきます。
コンセンサスステートメントでの「急性」と「慢性」の定義は以下の通りです。
急性膵炎:
- 誘因を除去した後に完全にもどる可逆的な炎症
- 重度の膵炎が多い
慢性膵炎:
- 不可逆的な病理組織学的変化をもたらすの
- 軽度の膵炎が多い
「コンセンサスステートメントでも”急性膵炎”と”慢性膵炎”の定義は病理学的なもので、必ずしも臨床的なものではない」と記述されています。
目の前の病気のネコちゃんでの評価にはあまり直接的に関連しませんね。
軽度の膵炎は、全身性の合併症がほとんどなく、膵臓壊死が局所的であり、一般に死亡率が低いことと関連していますが、罹患率は併発疾患(胆管肝炎や慢性腸症など)の影響を受ける可能性があります。
対照的に、重度の膵炎は、広範な膵臓壊死、多臓器障害、さらには多臓器不全など全身性の重篤な合併症を伴います。
ネコの膵炎の診断や治療を考える上で重要なことは、膵炎が”軽度”なのか”重度”なのかを見極めることになります。
膵炎の原因
猫の膵炎は年齢、性別、または品種による素因はありません。
つまり、「高齢の猫だから…」「オス猫だから…」「アメショだから…」膵炎になりやすい…ということはないのです。
また、ボディコンディションスコア(体型)、食事の不注意、投薬歴と膵炎の関連は猫ではまだ証明されていません。
もちろん、証明されていないだけなので、太っていて良いというわけではありません。
以下に猫の膵炎の原因考えられているものを挙げます。
- 感染症
腸内細菌
寄生虫(トキソプラズマ症(Toxoplasma gondii)、Eurytrema procyonis、Amphimerus pseudofelineus)
ウイルス(コロナウイルス、パルボウイルス、ヘルペスウイルス、カリシウイルス)
※猫の感染症としては一般的なウイルスだが、ウイルスが膵炎の原因となるのは稀 - 免疫介在性
慢性膵炎への免疫抑制療法の反応は、一部の猫には免疫介在性の原因があることを示唆している可能性があります。 - 薬物・毒物
フェンチオン(有機リン酸コリンエステラーゼ阻害剤)
※臭化カリウムやフェノバルビタールなどは、ヒトと犬の膵炎の原因とされていますが、猫の膵炎の原因となることは報告されていません。 - 高カルシウム血症
- 蛇の咬傷
- 胆管の閉塞
- 十二指腸・胆管逆流
- 膵臓の外傷(膵臓の術中操作や膵臓生検、交通事故や落下事故による膵臓の外傷)
- 膵臓の虚血(麻酔に関連した低血圧症、ショックなど)
- 特発性:猫の膵炎の95%以上は特発性
原因となるものはたくさん挙げられますが、「猫の膵炎は多くは特発性で原因としてハッキリと突き止めることは出来ないことがほとんど」ということになります。
膵炎の併発疾患や合併症
また、猫の膵炎はいくつかの併発疾患と関連しています。
ただし、これらの疾患が原因となって膵炎となるのかや、これらに罹っていることで膵炎に罹りやすいというリスクファクターとなっているかなどは明らかにはなっていません。
猫の膵炎と関連する併発疾患
- 糖尿病
- 慢性腸症
- 肝リピドーシス
- 胆管炎・胆管肝炎
- 胆管閉塞
- 腎炎
- 免疫介在性溶血性貧血
膵炎とセットで上記の病気が見つかることが多いと覚えておきましょう。
特に、猫の膵炎では、胆管炎・胆管肝炎、炎症性腸疾患という猫に特有の合併症である、いわゆる「三臓器炎」を発症していることが多いと報告されています。
これは、約80%の猫では副膵管が欠損しており、主膵管のみが十二指腸直前で総胆管と隣接して開口しているという猫の独特な解剖学的構造に起因しています。
症状は?
膵炎のネコでみられる症状を多い順に並べています。
膵臓は消化酵素を出す臓器であるため、その臓器に異常が起これば嘔吐や下痢などの消化器症状が見られると思われがちなのですが、実は、猫の膵炎では嘔吐や下痢などの典型的な消化器症状を認めることが多くないことに注意が必要です。
猫の膵炎は元気がないや食欲不振など非特異的な症状が多いのです。
また、特に猫の膵炎では慢性膵炎が多く、無症状、または間欠的で軽度の症状しか認められないことが多いのです。
しかし、ごくまれに、重症例では全身性炎症反応症候群(SIRS)、播種性血管内凝固(DIC)、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)、多臓器不全(MOD)などを合併して死に至ることもあります。
診断
調子の良くない病気のネコちゃんには、膵炎を含めて様々な疾患を考える必要があります。
身体検査を行い、さらに患者となるネコから全身状態や病態を捉えるための最低限の情報をえるために、ミニマムデータベース(MDB)として、CBC(全血球)検査、血液生化学検査、尿検査を行います。
日本の動物病院では尿検査が行われることはあまり多くはないかもしれません。
ネコちゃんの性格なども加味して、可能であれば行われる検査と思います。
これらから、病気のネコの病態や併発疾患の有無などを確認し、膵炎を疑う異常を見つけます。
そして、レントゲン検査、腹部超音波検査、膵炎の診断のための追加の血液検査によって膵炎の診断に繋げていきます。
腹部の超音波検査は具合の悪いネコであれば、ルーチンとして必ず実施すべき検査と考えております。
さらに、必要があれば高度画像診断としてCT/MRI、細胞診、膵臓生検などによって膵臓の異常を詳しく調べることもあります。
身体検査
身体検査では全身状態の把握や膵炎を疑う異常を見つけます。
しかし、猫の膵炎は身体検査の所見も症状と同様に非特異的なもののみの場合も多いです。
体重や体型を確認し、触診で脱水状態を判断します。
脱水症状は皮膚の張り具合、口の粘膜の乾き具合、体重の急な減少などから推定することができます。
目や口などの可視粘膜も確認して、黄色くなっていないか(黄疸が出ていないか)を確認します。
黄疸は目以外にも尿や皮膚にも見られ、特に症状として最初に見られるのは尿の色が濃くなります。
また、腹部を触診して、明らかな腹痛がないか、腹部に腫瘤がないかチェックします。
膵炎による腹部の痛みはとても強く、ヒトやイヌでは分かりやすいことも多いのですが、ネコでは分かりにくいことも少なくありません。
これに関して、コンセンサスステートメントでは”猫の腹部疼痛に関する認識が不足しているため”と記述しています。
体温計で直腸温を測り、発熱または低体温がないか体温を確認します。体温は全身状態を考える上で重要な項目で、診断にも治療にも必要になります。
血液検査
膵炎の診断においては、血液検査は①一般血液検査と②膵炎に関連した項目の2つに分けられます。
一般血液検査
一般血液検査では、膵炎で必ずこの値が上がるというものではないため、数値がすべて正常であっても膵炎を否定することはできません。
しかし、合併症を評価したり、鑑別診断の際に必要になり、猫の病態の全体像を把握するために必要な検査です。
以下に膵炎と関連した血液検査の異常を挙げます。
- 肝酵素活性(ALT、AST)の上昇、ビリルビン濃度(T.Bil)の上昇
膵炎で比較的よく認められる変化です。
これらは胆道系の炎症、肝外胆管閉塞、肝リピドーシスなどの併発疾患で上昇する可能性があります。 - クレアチニン、BUN、およびSDMAの上昇
脱水の結果として上昇する可能性があります。
重度の急性膵炎の猫では、急性腎障害による高窒素血症と低比重尿を示す可能性があります。
また、高BUN血症は膵炎の進行に関与しています - 電解質(Na、K、Cl、Ca、iPなど)の異常
患者の脱水に応じて、電解質異常が起こる可能性があります。重症の急性膵炎の場合、低K血症、低Cl血症、低Na血症、低Ca血症が起こる可能性があります。 - 血糖値(Glu)の低下と上昇
急性壊死性膵炎と化膿性膵炎で見られ、特に低血糖症(血糖値の低下)は予後不良と関連しています。 - 重症の場合、血小板減少、フィブリン分解産物(FDP)やD-ダイマーの増加と同時に凝固時間の延長が起こるなどの凝固低下が起こる播種性血管内凝固症候群(DIC)の可能性があります。
※猫以外の動物では高脂血症(血清トリグリセリド(TG)またはコレステロール濃度、あるいはその両方の増加)は膵炎と関連しています。しかし、猫では膵炎と高脂血症の関連は報告されていません。
各検査項目の異常については以下の記事でも解説しています。
リパーゼ
膵臓の炎症に伴って血管内に到達してしまった膵臓の酵素であるリパーゼを測定し、膵炎の診断に繋げます。
しかし、実際には猫において血液中のリパーゼを測定することで膵炎の診断することは困難です。
それは猫の生体内での代謝の影響や、検査の感度や特異性の問題によるものと言われております。
そのため、猫において血液検査でリパーゼの数値を測定することに、診断的な意味はありません。
血清膵リパーゼ免疫反応性(fPLI)
膵臓由来のリパーゼを免疫学的な手法を用いて特異的に測定する検査法です。
膵臓由来のリパーゼの測定に非常に特異的であり、膵臓以外のリパーゼは検出されないため、膵炎の診断にも感度が良いと言われています。
現存する膵炎の検査の中で最も精度が高いといわれています。
特に膵炎が重度の場合にはより検出感度が高くなります。
しかしPLIは猫の膵炎では、犬ほどエビデンスがありません。
Spec fPL(Idexx Laboratories)
Idexx Laboratoriesが提供している猫のPLIを定量的に数値として測定する唯一の検査項目です。
国内においては、動物病院から外注検査で依頼することで測定ができます。
膵炎の診断のため検査項目としては、最もよく用いられます。
私も膵炎を疑う場合には必ず行っている検査です。
結果の数値が高値であれば、膵炎の可能性があるといえます。
数値が低値だった場合は膵炎の可能性が低いと考えられますが、膵炎を完全に除外することはできません。
また、猫以外の動物のように、他の炎症性疾患(例えば、炎症性腸疾患、腹膜炎)などの他の疾患から二次的にも膵臓の炎症および猫の血清PLI濃度の増加が生じるかどうかは分かっておらず、さらに研究する必要があると言われています。
SNAP fPL(Idexx Laboratories)
SNAP fPL(Idexx Laboratories)は、Spec fPLとの良好な相関性が示されているもので、結果を「正常」または「異常」として報告する半定量的テストです。
正常であれば膵炎の可能性が低く、異常であれば膵炎もしくはSpec fPLでの境界範囲軽度な上昇の可能性があります。
※fPL測定のアッセイにはいくつかの市販のアッセイがありますが、文献として妥当性が確認されたものはありません。
動物病院内ですぐに検査結果が出ることで、早期診断・治療を行う上で大きなメリットがある検査になります。
血清アミラーゼ活性
一部の猫の急性膵炎に関連していると言われています。
しかし、診断感度が低く、組織特異性がない(膵臓以外からも分泌される)ため、猫の膵炎のバイオマーカーとしての有用性はほとんどありません。
トリプシン様免疫反応性(TLI)
膵外分泌不全の診断には現在最も有効といわれている検査方法です。
膵臓から分泌されるトリプシノーゲンを測定し、低値であれば膵外分泌不全が考えられます。
血清fTLI濃度の上昇は、以前は猫の急性膵炎と関連していると言われていましたが、この試験は特異性が高くありません(血清fTLI濃度上昇は慢性腸症、消化管のリンパ腫、糸球体濾過率の低下でも生じ得ます)
猫の膵炎の感度は、30〜86%と言われています。
従って、ネコにおける膵炎の診断のためのfTLIの有用性は限定的と言われています。
その他
Vcheck fPL(Bionote)、DGGRリパーゼは日本での利用はできません。
トリプシノーゲン活性ペプチド(TAP)は尿検査の項目で、以前は研究がされていましたが実用化が困難であるため現在は研究されてません。
レントゲン検査
X線を用いたレントゲン検査では、重度の膵炎の場合であっても軽度の変化しか示さず、また膵炎のみに見られる所見ではないため、レントゲンだけで膵炎を確定診断することはできません。
しかし、腸閉塞などを見分けたり、腹部の大まかな異常を捉えるために重要な検査となります。
膵炎では、腹膜炎による腹部鮮鋭度の低下、麻痺性イレウスによる消化管拡張、脂肪壊死による腫瘍状の病変などが特徴として認められることがあります。
内視鏡的逆行性胆道膵管造影は、胆道と膵外分泌腺を評価するための造影透視技術として健康な猫で報告されていますが、技術的に困難であり、特別な機器と専門知識が必要であり、猫の診断テストとしてはまだ確立されていません。
腹部超音波検査
超音波検査は膵炎が疑われる猫で診断に最も日常的に良く行われている診断方法です。
さらに、猫では腸、肝臓、胆嚢の合併症を持っている可能性があり、それらの異常の検出にも利用されます。
ネコで食欲不振や嘔吐があれば、血液検査と同じくらい一緒におこなう検査ですね
超音波検査では、膵臓の腫大や辺縁の不整の有無、周囲の腸間膜の炎症の有無、腹水の有無、十二指腸の拡張や走行、総胆管の拡張の有無、結節や腫瘤の有無などを確認します。
膵臓に異常(特に結節や腫瘤などのまとまった病変)が見つかった場合、超音波の画像を確認しながら病変部に針を刺して、顕微鏡で観察するための細胞を採取する場合があります。
これを超音波ガイド下穿刺吸引といいます。
膵臓の超音波ガイド下穿刺吸引は、膵炎の猫でも安全に行うことができますが、最適な手法はまだ確立されていません。膵臓腺房細胞は、消化酵素の放出するため急速に劣化し、迅速な細胞保存が不可欠になります。
高度画像診断CT/MRI
いずれも、猫の膵炎の日常的な診断方法としては確立されていません。(一般的にこれらの検査を行うために全身麻酔が必要であるため)
猫のCT検査は近年短時間での撮影が可能になっていることから、今後の技術の革新と知見の蓄積により期待ができる分野だと思っております。
細胞診
細胞診は針で刺して採取した細胞を顕微鏡で観察することによって、穿刺した部位にどういった変化(主に腫瘍性か炎症性か)が起こっているかを診断するための検査です。
猫の膵炎においては急性膵炎と慢性膵炎に分けて特徴があります。
以下参考程度に記載します。
急性膵炎:
- 細胞成分が豊富に採取される
- 炎症細胞が多い(様々な程度に変性した好中球が主体で少数の泡沫状マクロファージを含む)
- 背景には壊死性の不定形な構造物が主体で、結晶状の構造物も少し混じる
- 腺房細胞に炎症細胞が密接することがある
- 腺房細胞は炎症により異形成(ザックリいうと形が変わること)を示すこともあるが、細胞診で腫瘍と鑑別することは困難
慢性膵炎:
- 細胞成分は少ない
- 炎症細胞少ない(リンパ球や形質細胞、ときどき好中球)
細胞診では、吸引した領域は綿密に調べることができますが、組織全体を評価することはできません。
また、原発性膵炎と炎症を起こした膵臓癌を細胞学的に区別することは非常に困難です。
しかし、膵臓の腫瘍は、猫ではまれであり、非常に可能性が低いと言われています。
膵炎の治療を考える上では、積極的に実施する検査ではないように思います。
膵臓の腫瘍(原発性あるいは転移性)を考える際に必要になる検査と考えます。
膵臓生検による病理組織検査
猫の膵炎の診断では膵臓生検はゴールドスタンダードとなる方法です。
したがって、唯一の確定診断法になります。
コンセンサスステートメントにおいては、”外科手術あるいは腹腔鏡下で、病理検体として膵臓の採取は合併症のリスクは低い”と記述されています。
しかし、実際には、全身麻酔が必要であることと外科的な侵襲を与える必要があることの2点と体に対する負担が大きく(特に重度の膵炎において)、あまり膵炎の診断を目的として行われることはありません。
この辺りはコンセンサスステートメントと作っているアメリカの専門医と、日本の獣医師との考え方の違いなのでしょうか?
個人的には、膵臓生検が行われることはほとんどありません。
そのため、膵臓の生検は獣医師でも意見の分かれるところになります。
まとめ
猫の膵炎の症状や検査について解説しました。
それではおさらいです。
コンセンサスステートメント
- ACVIMより猫の膵炎に関するコンセンサスステートメントが2021年に出ている。
- 猫の膵炎は診断に関するエビデンスは多いが、原因や病態、治療に関するエビデンスは少ない。
猫の膵炎について
- 膵臓にはホルモンを分泌する内分泌と消化酵素を分泌する外分泌という2つの役割がある
- 猫の膵炎は年齢、性別、または品種による素因はない
- ボディコンディションスコア(体型)、食事の不注意、投薬歴と膵炎の関連は猫ではまだ証明されてない
- 猫の膵炎の95%以上は特発性で原因がハッキリと分からないことが多い
- 猫の膵炎では、胆管炎・胆管肝炎、炎症性腸疾患という猫に特有の合併症である、いわゆる「三臓器炎」を発症していることが多い
- 猫の膵炎は元気がないや食欲不振など非特異的な症状が多く、嘔吐や下痢などの消化器症状を認めることは多くない
猫の膵炎の検査
- 猫の膵炎は身体検査の所見も脱水や体温の異常など非特異的なもののみの場合も多い
- 猫では膵炎と高脂血症の関連は報告されていない
- Spec fPLは猫のPLIを定量的に数値として測定する唯一の検査項目で、診断のための検査としては最もよく用いられる
- レントゲン検査は膵炎を診断することは出来ないが、腸閉塞などを見分けたり、腹部の大まかな異常を捉えるために重要な検査である
- 腹部超音波検査は膵臓の評価のほか、腸、肝臓、胆嚢の詳細な異常の検出にも有効な検査
- 猫の膵炎の診断では膵臓生検はゴールドスタンダードではあるが、様々な意見がある
獣医療において日々臨床研究がなされ、多くの学術論文や発表がなされています。
それらを専門医の監修の下で、作成されたACVIMのコンセンサスステートメントやガイドラインは獣医師や多くのどうぶつ達にとって有益な情報となります。
これを知っておくことは、飼い主様やご家族にとっても有益であると考えられます。
ただし、注意点もあります。
今回コンセンサスステートメントに則って病気の症状や検査について解説しましたが、実際には同じ検査結果でも解釈が異なり、その子その子によって治療の方向性も異なります。
それは獣医療が検査・治療に当たる獣医師、猫の健康上や環境での問題点、飼い主様の立場など様々な要因を考慮して行われるためです。
そのため、ガイドラインを完全に順守した治療を行うのではなく、ガイドラインに沿って目の前のご自身のネコちゃんの治療の最適解を獣医師と飼い主様の信頼関係の下で一緒に考えていくことが重要であると考えます。
特に難しい病気の場合、獣医さんの説明をよく聞いて、ご家族のネコちゃんに合った治療の方法を相談して決めていくのがよいでしょう。
もし、少しでも分からないことがありましたら、かかりつけの獣医さんに気軽に質問すると良いでしょう。
最後に今回の記事が少しでも飼い主様の疑問に解決し、どうぶつ達の健康に繋がれば幸いです。
論文情報:Forman, Marnin A., et al. “ACVIM consensus statement on pancreatitis in cats.” Journal of veterinary internal medicine (2021).
※正確な論文の解釈をするなら、原文を読むことをお勧めいたします。