慢性腎臓病は徐々に腎臓の機能が低下する進行性の病気です。
犬の死因のトップ10にも入る代表的な疾患で、多くのワンちゃんがかかる可能性がある一般的な病気です。
しかし、一言で慢性腎臓病といっても、慢性腎臓病のワンちゃん達が全く同じ治療を受ける訳ではありません。
なぜなら、慢性腎臓病は単純ではなく多様な病態が含まれており、それに合わせた治療薬や食事療法などの治療を行うためです。
そのため、慢性腎臓病に罹ったら適切な検査を受け、その子の病態を把握し、その結果に基づいた適切な治療を適切な時期から行うことが重要です。
この慢性腎臓病の診断と治療を具体的に示しているのがIRIS(アイリス:国際獣医腎臓病研究グループ)です。
現在、日本においても犬の慢性腎臓病はIRISのガイドラインに則って診断と治療を行う動物病院がほとんどです。
そのため、IRISの慢性腎臓病のガイドラインを知っておくことは腎臓病をもつワンちゃんの飼い主様にとってとても大切なことになります。
この記事では獣医もりぞー先生がIRISガイドラインを基に、犬の慢性腎臓病の診断と治療について分かりやすく解説します。
- お家のワンちゃんにどんな治療が必要なのか?
- 治療方法はどのようなものがあるのか?
この様な疑問を解決するキッカケになると思いますので、是非最後までご覧ください。
また、犬のの慢性腎臓病の原因、症状、合併症、検査の基礎的なことに関しましては以下の記事にて解説していますので、併せてご覧ください。
- 犬の慢性腎臓病の治療
- IRISガイドライン
IRISガイドラインとは
国際獣医腎臓病研究グループ(International Renal Interest Society:IRIS)は小動物の腎臓病を研究を行っている獣医学専門家のグループです。
犬と猫の腎臓病の推奨する治療方法に加え, 進行度を診断および評価する国際的ガイドライン(IRIS慢性腎臓病ステージング)を確立し、それを臨床獣医師に広めることを目的として設立されました。
このIRISが2019年に慢性腎臓病のガイドラインを出しています。
これは以前出された犬の慢性腎臓病(CKD)のガイドラインを改訂し、アップグレードしたものになります。
また、ガイドラインでは慢性腎臓病を病気の進行具合によってステージ分類を行っており、推奨される適切な治療法を記載しています。
診断
慢性腎臓病の診断
症状と検査結果、治療経過を総合的に判断して、慢性腎臓病と診断します。
注意が必要なこととしては、クレアチニンなどの血液検査での異常は慢性腎臓病以外の原因による可能性もあるということです。
例えば、脱水症状や尿石症による尿路閉塞などで血液検査の数値の異常が見られる場合があります。これらの原因では、腎臓自体の機能は低下していないので慢性腎臓病ではなく、治療されれば血液検査の数値は改善します。
そのため、一時的な検査の異常から慢性腎臓病と決めつけないことが重要で、慎重な診断が必要です。
特に初期の慢性腎臓病は繰り返し検査が行われ、検査の異常は継続して認められて、ようやく確定診断されます。
ただし、実際には、尿毒症によって容態が悪くなった時に初めて動物病院に受診し、慢性腎臓病が見つかることが多いと感じます。
この様にならないために、日頃からどうぶつの様子は注意深く観察して、何か異変がある際には早めに動物病院に受診することと、健康ドックを活用することが重要であると考えられます。
慢性腎臓病と診断されたら、IRISの提言に基づき、腎臓の機能の指標であるクレアチニンやSDMAの値からステージ分類をします。
また、サブステージとして血圧と尿蛋白クレアチニン比による評価が含まれています。
これらのステージ分類は治療方針の決定に役立ちます。
IRISの慢性腎臓病のステージ分類
IRISは犬の慢性腎臓病を病気の進行具合に応じて4段階のステージで病期分類しています。
ステージが進行するほど、機能している腎臓の組織(ネフロン)が減っており、重度に腎機能が低下していることを表します。
このステージ分類の指標となるのが血液検査の項目であるクレアチニンとSDMAの数値になります。
これらの数値が高いほどステージの進行した慢性腎臓病に分類されます。
CKDのステージ | クレアチニン(mg/dL) | SDMA(μg/dL) |
---|---|---|
ステージ1 | <1.4 | <18 |
ステージ2 | 1.4~2.8 | 18~35 |
ステージ3 | 2.9~5.0 | 36~54 |
ステージ4 | >5.0 | >54 |
サブステージ UPC(尿蛋白クレアチニン比)
尿にタンパク質がでていることを蛋白尿といいます。
蛋白尿は腎臓へダメージを与えるため治療を行う必要があります。
特に犬では、腎臓の糸球体から非常に多くのタンパクが尿に漏出する「タンパク漏出性腎症」が、比較的多く見られるため重要な項目です。
尿にタンパク質が出ているかはUPC(尿蛋白クレアチニン比)によって判定します。
この結果に基づいて慢性腎臓病のサブステージ分類をします。
蛋白尿 | UPC(尿蛋白クレアチニン比) |
---|---|
非蛋白尿(正常) | <0.2 |
境界的な蛋白尿(軽度な異常) | 0.2~0.5 |
蛋白尿(明らかな異常) | >0.5 |
サブステージ 血圧
高血圧症は腎臓へのダメージ(腎障害)を招きます。
さらに、慢性腎臓病になると高血圧症を合併することもあります。
この慢性腎臓病と高血圧症の悪循環が起こると慢性腎臓病の進行は早くなります。
そのため、高血圧症がある際は適切に治療を受けて血圧をコントロールする必要があります。
慢性腎臓病のサブステージ分類では収縮期血圧(いわゆる上の血圧)から、腎障害を引き起こす程の高血圧症がないかを判定ます。
この結果に基づいて慢性腎臓病のサブステージ分類をします。
高血圧の有無 | 収縮期血圧(mmHg) | 将来的な標的組織障害のリスク |
---|---|---|
正常血圧 | <140 | 最小 |
前高血圧症 | 140~159 | 低い |
高血圧症 | 160~179 | 中程度 |
重度高血圧症 | >180 | 高い |
※サイトハウンドなどの一部の犬種では、血圧が高くなる傾向になることが分かっています。そのため、検査結果の解釈にもそれを考慮して判断する必要があります。以下の通りです。
高血圧の有無 | 血圧基準値の範囲からの超過(mmHg) |
---|---|
正常血圧 | <+10 |
軽度高血圧症 | +10~+20 |
高血圧症 | +20~+40 |
重度高血圧症 | +40≦ |
治療
慢性腎臓病の治療の目標は、腎臓に負担のかかる原因や病態に対する治療を行って、残った腎臓の機能を温存することになります。
そのため、適切な治療を考えていくためには、病気の進行具合であるステージ分類と個々の犬の病態の把握が重要になります。
例えば、腎臓病に高血圧症がある場合には血圧を下げる降圧剤の服用が必要であり、脱水症状がある場合には点滴治療が必要です。
この様に、慢性腎臓病の治療は、多くのワンちゃんが罹り同じ病名が付きますが治療法が全く同じにはなりません。
慢性腎臓病によって起こっている病態を把握し、その病態に対する治療を行っていくことが重要なことです。
そのためには、適切な検査を繰り返し行う必要があります。
ここからは、慢性腎臓病の様々な病態とそれに対する治療法を解説していきます。
慢性腎臓病により発生する病態と治療は以下の通りです。
- 脱水症状:輸液療法(点滴)
- 尿毒症:活性炭、輸液療法(点滴)、食事療法
- 高リン血症:食事療法、リン吸着剤
- 蛋白尿:アンジオテンシン変換酵素阻害剤、アンジオテンシン受容体拮抗薬、抗血栓療法、食事療法
- 高血圧症:アンジオテンシン変換酵素阻害剤、アンジオテンシン受容体拮抗薬、血圧降下剤
- 腎性貧血:エリスロポエチン製剤と鉄剤
点滴 | 腎臓病療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
脱水症状 | ● | △ | △ | |||||
尿毒症 | 〇 | 〇 | 〇 | プロバイオティクス等 | ||||
高リン血症 | ● | 〇 | カルシトリオール | |||||
蛋白尿 | 〇 | ● | 抗血栓療法、 免疫抑制剤 | |||||
高血圧症 | △ | 〇 | ● | 〇 | △ | |||
腎性貧血 | ● | 鉄剤 |
脱水症状
慢性腎臓病になると腎臓の尿細管と呼ばれる部位のはたらきの低下が起こります。
水分の再吸収が減ってしまうことで尿量が増え、体から過剰に水分が失われるようになります。
これにより、脱水症状が引き起こされます。
失った水分を補うため点滴を行う必要があります。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
脱水症状 | ● | △ | △ |
輸液療法(点滴)
脱水症状が見られる際には、それを補うために輸液療法(点滴)を行って脱水症状を緩和する必要があります。
輸液療法(点滴)は水分やミネラルを体の中に入れる治療法です。
脱水症状に対する輸液療法の適応
慢性腎臓病の初期(ステージ1~2くらい)には、増えた尿量に対して飲水量が増えるため、日常生活で脱水症状を起こすことはほとんどありません。
脱水症状がなければ輸液療法は必要ありません。
常に新鮮な水が飲めるように工夫しましょう。
ただし、嘔吐や下痢をしたり、食欲がない時には腎臓病がないワンちゃんに比べて脱水しやすいため注意が必要です。
病気が進行するにつれて(ステージ3~4くらい)、普通に生活していても脱水症状が顕著に表れるようになります。
脱水に伴って食欲不振があらわれたり、尿毒症になる場合があるため、定期的に輸液療法を行う必要があります。
輸液療法は皮下点滴や静脈点滴のいずれかで行われます。
通常、通院や自宅で行う場合は皮下点滴、入院治療が必要な場合は静脈点滴が行われます。
皮下点滴を行う頻度は、脱水症状や食欲などから獣医さんと相談していきます。
尿毒症
慢性腎臓病の進行により糸球体と呼ばれる血液を濾過する装置の機能が低下します。
また、脱水症状がある場合にはさらに腎臓への血流が減ってしまいます。
それらよって、尿中に排泄されるはずの尿毒素が血液中に蓄積するようになります。
さらに、過剰に蓄積した尿毒素によって中毒症状を引き起こします。
これが慢性腎臓病による尿毒症です。
血液検査においてBUNの数値が高く、食欲不振などの症状と合致する場合には尿毒症と診断されます。
尿毒症に対しては①輸液療法②炭素系吸着剤③食事療法が検討されます。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
尿毒症 | 〇 | 〇 | 〇 | プロバイオティクス等 |
輸液療法(点滴)
尿毒症に対する輸液療法の適応
尿毒症により①脱水症状が顕著である、食欲がないなどの症状がある場合や、②血液検査でBUN(尿素窒素)などの腎数値が顕著に高い場合には輸液療法(点滴)を行います。
点滴をすることで脱水症状が改善すると、腎臓の血流が良くなり尿毒素が排泄されるようになります。
これによって、尿毒症が緩和されます。
慢性腎臓病による脱水症状や尿毒症に対して輸液療法を行うことは、動物を楽にすることができるため重要な緩和治療です。
しかし、あくまでも残っている腎機能によって尿毒素が排泄されている状態なので、腎臓が修復されて腎機能が回復しているわけではありません。
残りの腎機能を大切に使う治療が大切です。
炭素系吸着剤(活性炭)
炭素系吸着剤(活性炭)は様々な物質の吸着作用のあるお薬です。
腸内の有害物質(尿毒症物質の前駆体:インドールなど)の吸着を行うことで、腸からの吸収を抑え、便中への排泄を促します。
それによって、体内で尿毒素の発生・吸収を抑え、尿毒症症状を軽減します。
活性炭には球形吸着炭(コバルジン、クレメジン)と薬用活性炭(ネフガード)があります。
尿毒症に対する炭素系吸着剤(活性炭)の適応
活性炭は①尿毒症の症状を軽減するために、②慢性腎臓病の進行を遅らせることを目的として使用されます。
具体的には尿毒症により食欲不振がある場合や血液検査でBUNが高くなってくる場合などです。
②の慢性腎臓病の進行を遅らせるに関しては明確なエビデンスはありませんが、可能であるなら治療法の一つとして行うことに問題はないと思われます。
食事療法
タンパク質が腸内で消化されると、窒素を含んだアミノ酸に分解されます。
アミノ酸の量が多い場合、腸内で発生する尿毒素の量が多くなります。
そのため、尿毒症に対する食事療法は、食餌中のタンパク質を制限する事で尿毒素の発生を抑えることを目的とします。
それによって、尿毒症の緩和が期待されます。
尿毒症に対する食事療法の適応
ステージ2以上の慢性腎臓病で、BUNの顕著な上昇がある場合や尿毒症の症状がみられる場合には食事療法を検討します。
ただし、腎臓病療法食を好まずに食べない場合や、他の病気があり食事療法を行っている場合には、腎臓病療法食にこだわって与える必要はありません。
例えば、膵炎やアレルギー性皮膚炎を元々患っており、食事による治療が必要である場合はそちらを優先することもあります。
食事療法については以下の記事でも詳しく解説しています
その他
プロバイオティクスやプロバイオティクス、それらを組み合わせたシンバイオティクスによって腸内環境を整えることで尿毒素の発生を抑える可能性があると言われ、サプリメントが各種あります。
顕著な効果があるといったエビデンスはありませんが、可能であるなら治療法の一つとして行うこともあります。
高リン血症(骨ミネラル代謝異常(CKD-BMD))
慢性腎臓病になることで、骨を形成しているミネラルであるリンとカルシウムの代謝に異常が起こり正常に保てなくなります。
特に、腎臓から尿によって排泄されているのリンが、血液中に蓄積するようになります。
これによって、高リン血症になります。
さらに、血液中で異常に高くなったリンとカルシウムは、骨以外の体の組織に沈着してダメージをあたえます。
これは、腎臓においても起こるため、腎臓病の進行が早くなってしまいます。
慢性腎臓病において、このリンをコントロールすることが予後に大きくかかわることが分かっています。
そのため、高リン血症の治療は非常に重要です。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
高リン血症 | ● | 〇 | カルシトリオール |
IRISによる犬の慢性腎臓病のガイドラインにおける血漿リン濃度の管理は以下の通りです。
IRISによる犬の血漿リン濃度の管理
- 腎臓病療法食を与えて、食事からのリンの摂取を制限する
- 食事制限後も血漿リン濃度が目標値(ステージ2では4.6 mg/dl、ステージ3では5.0 mg/dl、ステージ4では6.0 mg/dl)を超えたままの場合は、リン吸着剤(水酸化アルミニウム、炭酸アルミニウム、炭酸カルシウム、酢酸カルシウム、炭酸ランタンなど)をあたえる。
- 安定するまで4~6週間ごとに、その後12週間ごとに血清カルシウムおよびリン酸塩濃度をモニタリングします。
- カルシトリオール(1.5~3.5 ng/kg)の適切な使用によって、IRISステージ3~4の犬の生存を延長するというエビデンスはあります
IRIS DOG Treatment Recommendations 2019 より引用・改変
高リン血症に対する食事療法の適応
慢性腎臓病により高リン血症がある際には第一に行います。
ただし、腎臓病療法食を好まずに食べない場合や、他の病気があり食事療法を行っている場合には、腎臓病療法食にこだわって与える必要はありません。
例えば、膵炎やアレルギー性皮膚炎を元々患っており、食事による治療が必要である場合はそちらを優先することもあります。
また、初期の慢性腎臓病において高リン血症になる前からFGF23と呼ばれる血液中のリンを調整しているマーカーが増加していることがあります。
まだ明確なエビデンスはありませんが、今後、FGF23が上昇している場合には早期からリンの制限をスタートすることが推奨されるようになるかもしれません。
腎臓病療法食(リン制限食)
リンの含有量を減らした食事を与えることで、腸から血液中へのリンの吸収を減らします。
これによって、血液中のリンの濃度を下げます。
食事療法については以下の記事でも詳しく解説しています
高リン血症に対する薬物療法の適応
リンを制限した食事療法を行っていてもコントロールができない高リン血症の際に適応になります。
基本的にはリンを制限していない食事を食べている場合にリン吸着剤を与えたとしても、血液中のリンを下げる効果は期待できません。
リン吸着剤
食事に含まれるリンを吸着する内服薬による治療法です。
吸着したリンを便中に排泄されるのを促します。
リンの吸着剤としては、炭酸カルシウム(沈降炭酸カルシウム、カリナールなど)塩化第二鉄(レンジアレン)、クエン酸第二鉄(リオナ)、炭酸ランタン(ホスレノール)などがあります。
一般的に処方されるのは、炭酸カルシウムか塩化第二鉄(レンジアレン)です。
高リン血症の治療中のモニタリング
理想的には、血清リン濃度を参考基準値範囲内にすることが目標になります。
またある報告では、食事から摂取されるリンを制限し、血漿リン濃度を2.7mg/dl以上、4.6mg/dl未満にすることが慢性腎臓病の猫にとって良いと報告されています。
しかし、実際には慢性腎臓病のステージが進行するにつれて、リン濃度は高くなっていく傾向にあります。
そのため、IRISのガイドラインでは慢性腎臓病の進行したステージに合わせた目標値が設定されています。
それを目標に治療を行います。
目標値は以下の通りです。
CKDのステージ | 血漿リン濃度の目標値 |
---|---|
ステージ1 | - |
ステージ2 | 4.6 mg/dl 未満 |
ステージ3 | 5.0 mg/dl 未満 |
ステージ4 | 6.0 mg/dl 未満 |
この目標値に到達するようにまずは、腎臓病療法食による食事療法を行います。
目標値に達しない場合には、リン吸着剤による治療を行います。
リン吸着剤は最初は少ない量から始め、血清カルシウムおよび血清リン濃度をモニタリングしながら給与量を決定します。
蛋白尿
蛋白尿は慢性腎臓病の検査の中でも非常に重要です。その理由は2つあります。
- 糸球体疾患による腎臓病を診断することができるため
- 尿蛋白が出ていることは腎臓病の進行に関係するため、早期に適切に治療する必要があるため
つまり、慢性腎臓病の早期診断と早期治療の両方において、尿蛋白を検査することの意味があります。
尿蛋白を評価する検査項目は、尿蛋白クレアチニン比(UPC)です。
尿蛋白クレアチニン比(UPC)は「糸球体から濾過された一定量の尿に含まれる尿蛋白の量」を反映します。
尿蛋白クレアチニン比が高い場合には、尿蛋白を減らすための治療を考慮する必要があります。
蛋白尿に対する薬物療法の適応
蛋白尿に対する治療の適応は以下の様になります。
- UPC>0.5が継続して確認され、明らかな腎性蛋白尿である場合
- 糸球体腎症による重度の蛋白尿が原因で低アルブミン血症を合併している場合
※慢性腎臓病により脱水症状がある場合には、ACE阻害薬やARBによる薬物療法が原因で、どうぶつの容態を悪化させてしまう可能性があるためより慎重に判断するべきです。
UPCが顕著に高くない場合には、薬の使用は慎重に判断する必要があります。
UPCが0.2~0.5のグレーゾーンの場合や、0.5を少しだけ上回る場合などでは、繰り返し検査を行う必要があります。
治療中はUPCで尿蛋白を、血液検査の腎機能や血液中の蛋白を評価します。
また、尿蛋白の量が多いことで、低アルブミン血症を合併すると血栓症のリスクが高くなります。
その場合には抗血栓療法としてクロピドグレルやアスピリンなどの使用も考慮されます。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
蛋白尿 | 〇 | ● | 抗血栓療法、 免疫抑制剤 |
IRISによる犬の慢性腎臓病のガイドラインにおける蛋白尿の管理は以下の通りです。
IRISによる犬の蛋白尿の管理
- 蛋白尿に関連する疾患を探し、治療する。
- 蛋白尿を起こす腎臓の基礎疾患を特定する手段として腎生検を検討する。
- アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)を投与し、タンパク質を制限した腎臓病療法食を与える。
- タンパク尿が抑制されていない場合は、ACE阻害薬と食事療法と共に、アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)を組み合わせる。
- 血清アルブミンが2.0 g/dl未満の場合、抗血栓療法として低用量アスピリン(1~5 mg/kgを1日1回)やクロピドグレル(1.1~3 mg/kgを1日1回)経口投与を併用する。
- 病気の進行に対する治療反応をモニタリングする
–【良好】安定した血中クレアチニン濃度とUPCの低下
–【病気が進行】 血中クレアチニン濃度の連続的な増加 および/または UPCの増加
IRIS DOG Treatment Recommendations 2019 より引用
- ACE阻害薬やARBは、①脱水症状がある、および/または、②循環血液量が減少している兆候がある動物での使用は禁忌です。糸球体濾過量が急激に低下する可能性があります。
これらの薬を使用する前に、必ず脱水症状を改善させてください。 - ACE阻害薬とARBの併用療法は、特に注意が必要であり、腎機能が低下しないかを注意深くモニタリングする必要があります。
IRIS DOGTreatment Recommendations 2019 より引用
蛋白尿に使用する薬
薬物療法①アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
血管拡張作用により、全身の血圧を低下させる作用があります。
また腎臓においては、糸球体の出口の血管(輸出細動脈)を拡張することにより、腎臓の負担(糸球体血圧)を軽減させます。
この糸球体血圧の低下させることで、尿蛋白を減らす作用があります。
代表的なACE阻害薬は、ベナゼプリル(フォルテコール、ベナゼハートなど)、テモカプリル(エースワーカー)、エナラプリル(エナカルド)、ラミプリル(バソトップ)、アラセプリル(アピナック)などがあります。
薬物療法②アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシン受容体拮抗薬は、ACE阻害薬と細かな作用機序は異なりますが、類似した作用をします。
血圧を下げる作用と腎臓の負担を軽減する作用によって、腎臓を保護し、蛋白尿を減らします。
代表的なARBはテルミサルタン(セミントラ)です。
蛋白尿に対する食事療法
摂取するタンパク質の量を減らすことで、尿中に排泄される尿蛋白の量を減らすことが期待できます。
そのため、蛋白尿が重度のどうぶつは食事療法が推奨されます。
食事内容はタンパク質を制限した食事(低タンパク食)です。
その他、おやつとして与えるものも気を付ける必要があります。ジャーキーなどの肉が主体で蛋白質の多く含まれているものは与えないようにしましょう。
蛋白尿の治療中のモニタリング
蛋白尿は可能な限り低くすることが目標になります。
特に糸球体腎症による重度の蛋白尿により、低アルブミン血症を合併している場合には積極的な治療とモニタリングが必要です。
その場合、UPCによる尿たんぱく量と血液中のアルブミン濃度のモニタリングが重要です。
これらのモニタリングや治療は基礎疾患が改善しない場合、生涯必要となります。
また、腎機能障害の進行に伴ってタンパク尿が減少することがあります。
高血圧症
慢性腎臓病が原因で高血圧を起こすことがあります。
血圧が非常に高くなると、様々な臓器にダメージを及ぼします。
毛細血管が豊富な臓器が障害を受けるため、特に腎臓、眼、脳、心臓血管系に影響が出やすいです。
これらの臓器の障害を標的組織障害(TOD:target organ damage)といいます。
高血圧症は腎臓への負担をさらに大きくするため、適切な管理が必要です。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
高血圧症 | △ | 〇 | ● | 〇 | △ |
高血圧症に対する薬物療法の適応
高血圧症に対する薬物療法が適応になるのは3つあります。
- 収縮期血圧が160mmHg以上の高血圧症が1~2週間持続し、将来的に標的組織障害のリスクがある場合
- 収縮期血圧が180mmHg以上の重度の高血圧症が1~2週間持続し、将来的に標的組織障害のリスクが高い場合
- 高血圧の程度に関わらず、標的組織(腎臓、眼、脳、心臓血管系)の障害がある場合
※慢性腎臓病により脱水症状がある場合には、ACE阻害薬、ARB、カルシウムチャネル拮抗薬による薬物療法が原因で、どうぶつの容態を悪化させてしまう可能性があるためより慎重に判断するべきです。
IRISによる犬の高血圧症の管理
- 食事中のナトリウム(Na)の制限
食事中のNaを減らすことで、血圧が下がるという明確なエビデンスはない。
もし食事中のNaを制限する場合には、薬理学的療法と組み合わせて徐々に行うべき。 - 標準的な投与量でのアンジオテンシン変換酵素阻害薬(ベナゼプリルなどのACE阻害薬))療法を行う。
- ACE阻害薬の投与量を2倍にする(一部の犬では、投与量を増やすと降圧効果が向上する場合がある)。
- 特に重度の高血圧症の場合は、ACE阻害薬とカルシウムチャネル拮抗薬(アムロジピンなど)治療を組み合わせる。
- 追加の治療が必要な場合は、ACE阻害薬とカルシウムチャネル拮抗薬をアンジオテンシン受容体遮断薬(テルミサルタンなどのARB)および/またはヒドララジンと組み合わせる。
IRIS DOG Treatment Recommendations 2019 より引用
- アムロジピンやテルミサルタンなどの治療を脱水症状がある動物での使用しないでください。十分に水分補給される前にこれらの薬を使用すると、糸球体濾過量が急激に低下する可能性があります。
これらの薬を使用する前に、必ず脱水症状を改善させてください。 - ACE阻害薬とARBの併用療法は、特に注意が必要であり、腎機能が低下しないかを注意深くモニタリングする必要があります。
IRIS DOG Treatment Recommendations 2019 より引用
高血圧症に使用する薬
薬物療法①アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE阻害薬)
血管拡張作用により、全身の血圧を低下させる作用があります。
また腎臓においては、糸球体の出口の血管を拡張することにより、腎臓の負担(糸球体血圧)を軽減させます。
高血圧症の場合に最も一般的に使用されます。
代表的なACE阻害薬は、ベナゼプリル(フォルテコール、ベナゼハートなど)、テモカプリル(エースワーカー)、エナラプリル(エナカルド)、ラミプリル(バソトップ)、アラセプリル(アピナック)などがあります。
薬物療法②アンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)
アンジオテンシン受容体拮抗薬は、ACE阻害薬と細かな作用機序は異なりますが、類似した作用をします。
血圧を下げる作用と腎臓の負担を軽減する作用によって、腎臓を保護します。
代表的なARBはテルミサルタン(セミントラ)です。
薬物療法③カルシウムチャネル拮抗薬
末梢血管の血管拡張作用により、全身の血圧を低下させる作用があります。
代表的なカルシウムチャネル拮抗薬はアムロジピン(アムロジン)です。
薬物療法④血管拡張薬
ヒドララジン(アプレゾリン)は末梢血管の血管拡張作用により、全身の血圧を低下させる作用があります。
難治性の高血圧症の際に使用が考慮されることがあります。
高血圧症に対する食事療法
ナトリウムを制限した食事は血圧を下げる可能性があります。
ナトリウムの制限を行う際には、徐々に制限した食事に切り替え、薬物療法と併用することが推奨されています。
ただし、有効性に関しては明確なエビデンスがあるわけではありません。
高血圧の治療中のモニタリング
高血圧の治療は、血圧を下げて標的組織障害を起こさないようにすることが目標になります。
具体的には収縮期血圧が160mmHgを越えないようにコントロールし、さらに低血圧を起こさないようにする必要があります。
低血圧は「収縮期血圧 < 120 mmHg」 もしくは「低血圧を示唆する虚脱や頻脈などの臨床徴候が起きないようにする」とされています。
そのため、病院で検査を行った数値だけでなく、症状を自宅でもよく観察し、低血圧をおこさないことが重要です。
また、血液検査では血圧の低下と並行して、クレアチニンとSDMA濃度が少しずつ上昇し続けることがある(クレアチニン0.5 mg/dl未満の上昇 および/または SDMA 2 μg/dl未満の上昇)
しかし、それ以上の顕著な増加や徐々に数値が増加する場合には、薬剤の副作用による腎臓への障害の可能性があります。
その場合、使用を中止するか減量する必要があります。
治療により血圧が安定したとしても、モニタリングは少なくとも3ヶ月ごとに行うことが推奨されています。
腎性貧血
慢性腎臓病が重度になると、腎臓から産生されているエリスロポエチンと呼ばれるホルモンの産生が減ってしまいます。
エリスロポエチンは造血ホルモンであり、赤血球が作られるのを促す作用があります。
エリスロポエチンが減ることで、赤血球が作られなくなり貧血を起こしてしまいます。
これを腎性貧血といいます。
貧血が重度になると全身が低酸素状態に陥るため、体にとって大きな負担となります。
点滴 | 腎臓病 療法食 | 活性炭 | リン 吸着剤 | ACE阻害薬・ARB | カルシウムチャネル拮抗薬 | エリスロ ポエチン製剤 | その他の治療 | |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
腎性貧血 | ● | 鉄剤 |
腎性貧血に対する治療の適応
腎性貧血に対するIRISからの明確な基準はありません。
個人的には、腎性貧血に対応するための治療の適応は以下の様に考えられます。
- 腎性貧血により中程度以上の貧血があり、食欲不振などの症状が見られる場合
- 腎性貧血により生命の危険があるほどの重度の貧血がある場合
※高血圧症を合併している場合には、エリスロポエチン製剤の使用によってどうぶつの容態を悪化させてしまう可能性があるため、慎重に使用する必要があります。
腎性貧血に使用する薬
エリスロポエチン製剤
造血ホルモンであるエリスロポエチンを投与します。
ただし、動物薬がないため、ヒト用エリスロポエチン製剤を投与します。
代表的な薬剤は、ダルベポエチンアルファ(ネスプ)、エポエチンアルファ(エスポー)があります。
鉄剤
エリスロポエチン製剤使用中は、赤血球の造血が活性化するため必要な鉄を代表とする栄養の要求量が増えます。
そのため、相対的に鉄欠乏性状態になります。
鉄剤を合わせて与えることで腎性貧血をより効率的に改善されることが期待できます。
代表的な鉄剤は注射薬としてデキストラン鉄(アイアン200)、内服薬としてクエン酸第一鉄ナトリウム(フェロミア)があります。
嗜好性が良いためサプリメントとしてペットチニックもよく処方されます。
腎性貧血の治療中のモニタリング
腎性貧血の治療は、貧血を改善し、貧血に伴う症状の改善見られることが目標になります。
一週間に1回程度の血液検査による貧血の評価を行い、エリスロポエチン製剤の追加投与が必要が判断していきます。
貧血が改善し、症状の改善も見られた場合にはエリスロポエチン製剤の治療を休止して経過観察を行います。
ただし、必ず腎性貧血はまた現れるため、定期的な血液検査を受けて治療する必要があります。
これらのモニタリングや治療は生涯必要となります。
まとめ
犬の慢性腎臓病の診断と治療について解説しました。
それではおさらいです。
診断
- 症状と検査結果、治療経過を総合的に判断して、慢性腎臓病と診断する
- クレアチニンやSDMAの値から慢性腎臓病のステージ分類がされる
- UPC(尿蛋白クレアチニン比)と血圧からサブステージ分類がされる
治療
- 適切な治療を考えていくためには、病気の進行具合であるステージ分類と個々の犬の病態の把握が重要
- 適切な検査を繰り返し行う必要がある
獣医療において日々臨床研究がなされ、多くの学術論文や発表がなされています。
それらを専門医の監修の下で、作成されたIRISガイドラインは獣医師や多くのどうぶつ達にとって有益な情報となります。
これを知っておくことが飼い主様やご家族にとっても大切なことであると考えられます。
ただし、注意点もあります。
今回ガイドラインに則って病気の診断と治療について解説しましたが、実際には同じ検査結果でも解釈が異なり、その子その子によって治療の方向性も異なります。
それは獣医療が検査・治療に当たる獣医師、犬の健康上や環境での問題点、飼い主様の立場など様々な要因を考慮して行われるためです。
そのため、ガイドラインを完全に順守した治療を行うのではなく、ガイドラインに沿って目の前のご自身のワンちゃんの治療の最適解を獣医師と飼い主様の信頼関係の下で一緒に考えていくことが重要であると考えます。
特に難しい病気の場合、獣医さんの説明をよく聞いて、ご家族のワンちゃんに合った治療の方法を相談して決めていくのがよいでしょう。
もし、少しでも分からないことがありましたら、かかりつけの獣医さんに気軽に質問すると良いでしょう。
最後に今回の記事が少しでも飼い主様の疑問に解決し、どうぶつ達の健康に繋がれば幸いです。
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※正確な解釈をするなら、原文を読むことをお勧めいたします。