肥大型心筋症は心臓の筋肉が異常に分厚く肥大し、心臓の働きが低下する病気です。
肥大型心筋症の発生には遺伝的な要因があることが分かっており、原因となる遺伝子も特定されています。
ヒトでは難病に指定されています。
猫の肥大型心筋症は、猫の心筋症の最も多いタイプの心筋症です。
肥大型心筋症の多くのネコが無症状で進行し、あたかも病気を突然かかってしまったかのようにみえます。
この記事では、獣医もりぞー先生が猫の肥大型心筋症について分かりやすくイラスト付きで解説します。
肥大型心筋症の病気の解説から遺伝の仕方、診断するための検査や治療法までを広く解説しますので最後までご覧ください。
- 猫の肥大型心筋症はどんな病気か
- 肥大型心筋症の注意するべき症状
- 肥大型心筋症の早期診断のための検査について
- 肥大型心筋症の治療
肥大型心筋症とは
肥大型心筋症は心臓の筋肉(心筋)が分厚く肥大する病気です。
心筋の肥大が進行すると心室の中が狭くなってしまい、心臓が血液を受け取る働き(拡張機能)に影響が及びます。
その結果、心臓の血液を循環させる機能が低下し、心不全を発症します。
発症年齢
肥大型心筋症の好発年齢は5~7歳で、年齢が高齢になるほど発症するリスクは高くなります。
ただし、発症年齢は様々で、6ヶ月~20歳と個体差があります。
実際に、若齢の猫においても肥大型心筋症の発症は決して少なくありません。
肥大型心筋症はシニア期に多い病気ですが、若いネコでもみられることはあるため油断できませんね。
好発品種
肥大型心筋症になりやすい猫の品種は、メインクーン、ラグドール、ブリティッシュショートヘア、ペルシャ、ベンガル、スフィンクス、ノルウェージャンフォレストキャット、バーマンなどが好発品種として挙げられます。
特にメインクーンとラグドールは肥大型心筋症の原因となる遺伝子が特定されています。
ただし、好発品種にだけが肥大型心筋症にかかるというわけではなく、どの猫種においてもかかる可能性はあります。
実際に、短毛の雑種のネコで発生も多いと報告されています。
また、オスに多いと言われています。
猫の肥大型心筋症は原因遺伝子が2つ特定されていますが、恐らくほんの一部です。
多くが解明されているわけではありません。(因みにヒトは900種類以上特定されている)
そのため、血縁関係のある猫で肥大型心筋症を発症している場合には要注意と考えて良いでしょう。
原因遺伝子
原因遺伝子とは、遺伝病の発症に関連する遺伝子のことを指します。
ネコの肥大型心筋症は、メインクーンとラグドールでは肥大型心筋症の発症と関連している遺伝子の変異が報告されています。
具体的には、MYBPC3遺伝子のメインクーンではcodon31、ラグドールではcodon820の変異です。
肥大型心筋症のネコでみられる症状
症状の大きな分類としては5つです。
- 肺水腫、胸水:呼吸困難
- 心嚢水:循環不全によるショック(心原性ショック)
- 動脈血栓塞栓症:主に急性の麻痺と痛み
- 閉塞性肥大型心筋症:失神とフラツキ
- 心臓悪液質:不可逆的な削痩
肥大型心筋症の症状は多岐にわたります。
一つずつ解説していきます。
呼吸困難
肺水腫と胸水は肺の呼吸を妨げるため、呼吸困難を起こします。
以下の様な症状が見られます。
- 呼吸が速い
- 疲れやすい(運動不耐性)
- 鼻を大きくヒクヒクさせて呼吸する(鼻翼呼吸)
- お腹を大きく動かして呼吸する(腹式呼吸)
- 口を開けて呼吸する開口呼吸
- 重度の酸素欠乏で舌の色が紫色になる(チアノーゼ)
肺水腫の場合には咳が見られることもあります。
肥大型心筋症の症状の中でも最も多いのが呼吸困難になります。
病院で診断されたら普段から呼吸の様子を観察しましょう。
循環不全によるショック
心嚢水が貯留すると、心臓を外側から圧迫します。
それによって、心臓が血液を受け取って膨らむことを妨げられるようになります。
重度になると血液を循環させることができなくなってしまうため、血圧が重度に低下し、ショック状態になります。
ショック状態になるため、以下の様な症状が見られます。
- 呼びかけに応じない
- 意識がなくなる
- 呼吸が速い
- 粘膜の色がまっ白になる
心嚢水による症状がみられる時には、胸水や肺水腫による呼吸困難も伴っていることがほとんどで、心嚢水が単独で症状を表すことはあまりありません。
ただし、非常に危険な状態ですのですぐに病院に連れて行きましょう。
急性の麻痺と痛み
血管に血栓が詰まった場合、血栓が詰まった手足において症状が見られます。
そして、血栓が詰まってすぐに見られる急性の症状と、時間が経過してから見られる慢性的な症状があります。
急性の症状としては痛みと麻痺であり、以下の様な症状が見られます。
- 急に泣き叫ぶほどの激痛
- 痛みにより呼吸が速い
- 足の爪や肉球が紫色
- 急に足を引きずる
- 歩けない
- ふらつく
慢性的な症状は血栓の詰まった程度とその時間によります。重度の血栓の閉塞が起こると、血液が足に循環しなくなることで足の壊死が見られます。
血栓症は突然強い痛みが特徴的です。
ネコが突然、非常に強い痛みを示す病気としては、オス猫の尿道閉塞か血栓症のいずれかでしょう。
失神やフラツキ
肥大型心筋症の中でも、タイプが異なるのが閉塞性肥大型心筋症です。
閉塞性肥大型心筋症が重度になると、以下のような特有の症状が見られます。
- 失神して倒れる
- 倒れたはすぐに起き上がり、意識もしっかりしている
- ふらつく
- 脱力
- 突然死
閉塞性肥大型心筋症は、肥大型心筋症のネコの約30%くらいにみられます。
決して稀な病態ではありません。
閉塞性肥大型心筋症の病態の具体的なメカニズムは以下の通りです。
循環器の生理学に関するお話です。
難しければ読み飛ばしてOKです。
大動脈の近くの心室の筋肉が肥大すると、心室から大動脈へと流れる部位が狭くなります。
すると、狭い通路に向かって血液が心臓から押し出されるため、大動脈へ非常に速い血液の流れ(血流)ができます。
この速い血流によって、大動脈にある圧受容器と呼ばれる心臓の動きをモニターする部位を刺激されることで神経反射を介して、心臓にブレーキをかけるように働きます。
その結果、心拍数が急激に下がったり、止まったりすることで脳に十分な血流がいかなくなります。
それによって、ふらついたり、倒れたりするような症状が現れます。
不可逆的な削痩
重度の心不全を慢性的に患うことで、心臓悪液質になり、痩せていくようになります。
心臓悪液質は治療することが困難であるため、しっかりと栄養管理を行い予防することが重要です。
検査と診断
猫の肥大型心筋症の診断は、症状や身体検査、胸部レントゲン検査、心臓バイオマーカーなどによって心臓の異常を検出します。
また、メインクーンとラグドールでは心筋症のリスクの評価として遺伝子検査を利用することができます。
そして、心臓の超音波検査(心エコー図検査)によって心筋の肥大を評価します。
もちろん、確実に早期発見を考えるのであれば心エコー図検査を定期的に受けることが確実です。
ただし、心筋の肥大=肥大型心筋症という訳ではありません。
ややこしいのですが、心筋の肥大が見られる病気は肥大型心筋症だけではないのです。
脱水症状、高血圧症や甲状腺機能亢進症、大動脈狭窄症、他の全身性疾患など多岐にわたり、これらの心筋の肥大する病態をまとめて肥大型心筋症のフェノタイプと言われています。
そのため、心筋の肥大があり肥大型心筋症を疑うと診断した際には、血圧測定、甲状腺ホルモンなどで病態を詳しく評価します。
それによって、それらの病気が除外されて肥大型心筋症と臨床診断されます。
身体検査
聴診にて心臓の音やリズム、心拍数の異常を確認します。
多くの症状のないネコちゃんがここで初めて心臓病の可能性を先生から指摘されると思われます。
心臓の音の異常を心雑音といい、心臓での血流の異常を見つけるために有用です。
また、胸に手を当てると心臓のドクンドクンという拍動が触れますが、心臓の血流の異常が大きくなるほど心臓が震えるような拍動が触れるようになります。これをスリルといいます。
心雑音が大きく聞こえるほど、あるいはスリルが触れるほど心臓の異常は大きく、心筋症にかかっている可能性が高くなります。
ただし、注意が必要なのが2点あります。
1つ目は軽度の心雑音であれば健康なネコでも聴診で聞こえる場合もあります。つまり、「心雑音≠心筋症」ということです。
2つ目は心筋症では心雑音が認められないこともあります。そのため、「心雑音がない≠心筋症はない」ということになります。
心筋症を早期発見するためには、他の検査を組み合わせる必要があります。
レントゲン検査
X線を用いた検査で、胸部を撮影し、肺や気管などの呼吸器の問題、心臓や血管の異常を見つけます。
心臓病の場合は、心臓への負荷に伴い心臓の拡大がないか、肺水腫になっていないか、胸水や心嚢水が溜まっていないかなどを評価します。
特に肺の評価においては、迅速かつ簡単に肺の全体像を確認できるため、大きなメリットのある検査になります。
NT-proBNP
NT-proBNPは心臓バイオマーカーの一つであり、心室の心筋細胞が大きな負荷を受けたかを検出する血液検査の項目です。
採血のみの短時間で検査を終えることができ、さらに心臓の負担を客観的な数値で評価することができるため、心臓病の検出することができます。
それによって、症状が見られない見た目が元気な猫の、心筋症の確定診断や重症度の評価のための心エコー図検査を行うためのきっかけになります。
また、咳や呼吸が速いなどの症状が心臓病からくるものであるのかを分けることもできます。
特に、猫の場合には急な呼吸困難を起こした際には、病院ですぐに検査ができるNT-proBNPの簡易検査キットがあります。
レントゲン検査や心エコー図検査を受けるとネコに大きなストレスを与えて呼吸困難を悪化させ、安全に実施できないと考えられる場合には、診断を補助するため実施することが考慮されます。
高感度トロポニンI
高感度トロポニンIは心臓バイオマーカーの一つであり、心室の心筋細胞が障害を受けたかを検出する血液検査の項目です。
NT-proBNPと同様に、無症状の心筋症を見つけたり、咳や呼吸が速いといった症状が心臓からくるものなのかを評価するための補助として用いられます。
また、高感度トロポニンIが高いことは心血管死のリスクの増加と関連します。これは心エコー図検査の結果とは独立したパラメータになり、高感度トロポニンIの特徴になります。
そのため、高感度トロポニンIは、心筋症の治療の必要性や予後を評価するために考慮されます。
心電図検査
心電図検査では心臓の拍動に関連した電気的な変化を経時的なグラフにすることで、不整脈や心拍数の評価を行います。
心筋症の猫において、様々なタイプの不整脈を起こすことがあり、急に力が抜けるような脱力や突然意識を失って倒れるような失神などの特有の症状が現れます。
その不整脈を検出し、診断できる検査は心電図検査のみです。
そのため、脱力や失神などの症状が見られる場合には必ず心電図検査を行います。
特に、症状が酷く、頻繫に見られる場合には、ホルター心電図という心電図を24時間装着して検査する場合もあります。
甲状腺ホルモン
血液検査で甲状腺ホルモンを測定し、甲状腺機能亢進症がないかを診断する検査になります。
数値が異常に高く、それに合致した症状が見られる場合には甲状腺機能亢進症と診断されます。
甲状腺機能亢進症は肥大型心筋症の病態を悪化させます。心筋の肥大を助長し、心臓の血液を受け取る働きである拡張機能に悪影響を及ぼします。
そのため、甲状腺機能亢進症は心筋症のガイドラインにおいて肥大型心筋症のフェノタイプとして扱われております。
心エコー図検査
超音波検査では超音波を用いてリアルタイムでの臓器の形を評価します。
心臓病の検査のゴールドスタンダードです。
心エコー図検査は心臓の形態や内部の構造の異常の検出、拡張性や収縮性などの心臓の運動性の評価、さらに血流の異常をエコーの信号から非侵襲的に測定することができるため、心臓の病態を理解するためには最も重要な検査項目です。
肥大型心筋症では心筋の形態、血流の異常、心臓の拡大があるかなどを計測・評価し、その結果から病気の確定診断と進行具合(ステージ)の分類を行います。
特に閉塞性肥大型心筋症なのかそうではないのかの診断は重要で、それによって治療方法が異なります。
このステージ分類による心筋症の重症度と閉塞性肥大型心筋症か否かによって、治療方針の決定を行います。
また、呼吸困難の際には胸水の貯留がないかを迅速に診断し、肺エコー検査で肺の細かな病変がないかを評価することも出来ます。
血圧測定
腕や足、あるいは尻尾に血圧測定用のカフと呼ばれるバンドを巻いて血圧を測定します。
猫の場合は、主に収縮期血圧(いわゆる上の血圧)で血圧の高さを評価し、高血圧症がないかを診断します。
全身性の高血圧症が併発している場合、心筋症の病態を悪化させるため、高血圧症がないかを評価することは大切です。
また、個体ごとのベースの血圧を把握しておくことで、今後血圧のコントロールが必要なった際に有用です。
したがって、心筋症のネコちゃん全てにおいて血圧測定をおすすめします。
遺伝子検査
ネコからサンプルを採取して、肥大型心筋症に関連した遺伝子変異がないかを検出します。
遺伝子検査を受ける目的は以下の様になります。
遺伝子検査を受ける目的
- お家のネコちゃんが将来的に肥大型心筋症を発症するリスクが高いかを確認する
- 遺伝病の拡散抑制の観点から、子猫を産ませてよいかを確認する
最近では、猫の遺伝子検査が徐々に広がってきています。
特に、自宅で検査を受けられる、口の粘膜を採取する方法は普及してきています。
メインクーンとラグドールにおいてはMYBPC3(ミオシン結合タンパクC)の遺伝子変異が肥大型心筋症の発症に関連していることが分かっています。
繁殖を行うメインクーンとラグドールにおいては、この遺伝子変異が関連した肥大型心筋症を発症するネコを減らす目的で、遺伝子検査をうけることがACVIMガイドラインにおいても推奨されています。
また、繁殖を行わないメインクーンとラグドールにおいても、検査を受けることで肥大型心筋症のリスクを評価することができます。
ただし、遺伝子変異がない場合でも肥大型心筋症を発症することはあるため、リスクの高い品種では特に早期発見のため定期検診が推奨されています。
遺伝子検査ついては以下の記事でも詳しく解説しています。遺伝子検査を受けることで、どういったことが分かるのか?といった観点から解説しています。
是非、合わせてご覧ください。
遺伝子検査の方法
遺伝子検査の方法は大きく分けて2種類あります。
検査機関に口の粘膜を採取したサンプルを郵送する方法と動物病院で血液検査で検査する方法です。
日本で検査可能な遺伝性疾患の遺伝子検査を以下の記事で比較解説しています。あわせてご覧ください。
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治療
心筋症に対する治療はお薬による内科治療が主体です。
治療の目標は心不全や血栓症といった命に関わる合併症を引き起こすリスクを下げることと、それらを発症したあとのコントロールすることになります。
肥大型心筋症の治療は以下の様に分けられます。
- 心筋の肥大を抑える治療
- 閉塞性肥大型心筋症の治療
- 動脈血栓塞栓症の予防
- 動脈血栓塞栓症の治療
- うっ血性心不全(胸水・肺水腫)の治療
- 在宅酸素療法による呼吸の管理
- 食事療法による心臓悪液質の管理
順番に解説していきます。
心筋の肥大を抑える治療
甲状腺機能亢進症や高血圧症によって心筋の肥大を示す場合もあります。
これらは肥大型心筋症の病態を悪化させるため、それらの疾患に対する治療も合わせて行います。
例えば、甲状腺機能亢進症がある場合は、甲状腺ホルモンを抑える治療を使用します。
心筋に負担のかかる病気は病気はなるべくなくしましょう!
閉塞性肥大型心筋症の治療
閉塞性肥大型心筋症が重度の場合、失神やフラツキ、脱力といった症状がみられます。
これらの症状を緩和や心不全の進行を抑えるためにアテノロールなどのβチャネルブロッカーと呼ばれる薬を使われることがあります。
ただし、βチャネルブロッカーによる早期治療を行ったとしても生存期間に影響はないという報告もあります。
そのため、猫の閉塞性肥大型心筋症に対してβチャネルブロッカーを使用するかは専門医の間でも議論が分かれています。
また、閉塞性肥大型心筋症の場合、心臓の拍出を促す強心薬や血管拡張薬(降圧剤)の使用は理論上は推奨されません。
- ただし例外的に、うっ血性心不全により胸水がたまったり、肺水腫になったりする場合には閉塞性肥大型心筋症でもピモベンダンという強心薬を使用することもあります。
閉塞性肥大型心筋症は、通常の肥大型心筋症とは異なり慎重な治療薬の選択が必要となります。
動脈血栓塞栓症の予防
治療を始める目安は、心筋症による心臓への負荷により心房が拡大し、今後、動脈血栓塞栓症を発症するリスクのあるステージB2から治療を開始を考慮します。
またその他にも動脈血栓塞栓症のリスクの高いと考えられる所見がある場合には、動脈血栓塞栓症の予防として抗血小板薬であるクロピドグレルの投与が推奨しています。
クロピドグレルは少し苦いお薬なので、お薬を上手に飲ませれるように早めに練習しましょう!
動脈血栓塞栓症の治療
動脈血栓塞栓症は心筋症で最も良くない合併症です。
血栓症によって起こる足の麻痺だけではなく、強い痛みとその後の余命が短いためです。
そのため、獣医さんの病気の説明をよく理解した上で治療に進む必要があります。
急性期の治療の目的は①痛みに対する鎮痛治療と②血栓の再発リスクを下げる抗凝固療法を行うことになります。
急性期は集中治療が必要になるため、基本的には入院になります。
- 鎮痛治療:フェンタニルなどの麻薬性の鎮痛薬が推奨されています。痛みの程度に合わせて数日間使用します。
- 抗凝固療法:血栓がこれ以上出来ないように抗凝固薬であるヘパリンを注射や点滴にて投与します。
- 抗血小板薬:容体が安定し、内服薬が飲めるようになったら、抗血小板薬であるクロピドグレルを使用します。(抗凝固薬として内服薬のリバーロキサバンという薬が考慮される場合もあります)
- その他:食欲不振に対して輸液療法や食事管理・入院看護
容態が安定したら退院となります。
入院期間は約1週間が目安になりますが、ケースバイケースです
血栓症は慢性期になると、血栓の予防をしながら、血栓の詰まった足のケアが必要になります。
慢性的に経過すると、血栓が血管に詰まった足は麻痺が残ったり、数日たつと足の壊死が起こったりすることがあります。
これは血栓が詰まった程度によって経過が異なります。足の状態に合わせたケアが必要になります。
また、繰り返しになりますが、動脈血栓塞栓症を経験した場合は余命が短いことが一般的で、突然死をすることもよくあります。
うっ血性心不全(胸水・肺水腫)の治療
肥大型心筋症によるうっ血性心不全の急性期は、肺水腫や胸水で呼吸困難に陥いるケースがほとんどですが、重度になると心嚢水で循環不全に陥いるケースがあります。
いずれも命にかかわる救急疾患になります。
治療の目的はうっ血性心不全による血液循環の異常を改善させて呼吸状態の回復を目標にして治療します。
うっ血性心不全は救急疾患なので入院治療が必要になります
- 呼吸の管理:主に酸素室に入って呼吸の管理を行います。
- 胸水や心嚢水の抜去:重度に胸水や心嚢水が貯留している場合には応急的に貯留液を抜いて状態の改善を図ります。
- 利尿薬:尿として体に余分な水分を排泄させることで、血液のうっ滞の改善を図ります。フロセミドと呼ばれる利尿薬を使用します。
- 強心薬:血液循環を改善させるために、ピモベンダンやドブタミンなどが使用されます。(閉塞性肥大型心筋症の場合には、理論上は使用は推奨されませんが、使用が考慮されることもあります。専門医の中でも議論が分かれます。)
呼吸の容態が安定し、内服薬が飲めるようになったら退院となります。
入院期間は約1週間が目安になりますが、ケースバイケースです。
無事退院出来たら、慢性期となり心不全の発症がないように内服薬による管理が必要になります
慢性期に使うお薬は以下の通りです。
うっ血性心不全の治療薬
- 利尿薬:尿として体に余分な水分を排泄させることで、血液のうっ滞の改善を図ります。フロセミド、トラセミド、スピロノラクトン、ヒドロクロロチアジド、トリバブタンなどが代表的です。
- 強心薬:心臓の血液を送る働き(拍出)を補助し、血液循環を改善させます。ピモベンダンが一般的に使用されます。
- 血管拡張薬:血管を拡張させ、血液循環を改善します。ベナゼプリル、エナラプリル、アムロジピンなどがよく用いられます。
在宅酸素療法による呼吸の管理
明確な基準はありませんが、うっ血性心不全を起こした場合には自宅での酸素室の設置もおすすめすることがあります。
酸素室の自宅での設置に関しては、ネコちゃんの重症度などの病態や性格、自宅での環境、ご家族の状況に合わせてケースバイケースになります。
酸素室を自宅に設置する具体的な例としては以下の通りです。
酸素室を自宅に設置するケース
- 胸水貯留や肺水腫になり入院してしまったがその後回復し、退院して内服薬による厳密な治療をスタートしていく際に肺水腫の再発など様々な不安がある場合
- ステージDで標準的な治療に対して抵抗性のある重度の心筋症で、短期間に胸水貯留や肺水腫を繰り返している場合
- 末期の心筋症で、酸素療法なしでは呼吸の管理が困難な場合
最近では、酸素室の設置方法にはレンタルするかあるいは購入するか、酸素をいれるケージは従来通りのアクリル製のケージから安心感のあるケージ状のものがあるなど、様々なニーズに合わせたものがあります。
自宅に酸素室を設置すると、心臓病の治療中は様々なケースで役立つことがあります。
以下のリンクで在宅酸素療法について詳しく解説していますので、ご興味ありましたらそちらも参考にして下さい。
食事療法による心臓悪液質の管理
多くの心筋症のネコちゃんで見られるわけではありませんが、重度の心筋症によって心臓悪液質に陥る可能性があります。
この心臓悪液質になると、栄養不良状態になり、特に筋肉量が減少することで瘦せていくようになります。その結果、余命に大きく悪影響を及ぼすことになります。
この心臓悪液質は予防することよりも治療することの方が難しいため、これを避けるために適切な栄養管理を行うことは心筋症をもつネコちゃんにとって重要なことになります。
心臓病をもつネコちゃんで推奨されるキャットフードの条件は以下の通りです。
- ナトリウムを適度に制限したもの
- ナトリウムを過剰に摂取するようなドッグフード、おやつ、トッピングは避ける
- 最適な筋肉量や体型を維持するために、適切なタンパク質と十分なカロリーが含まれるもの
- しっかりと食事を摂取するために、嗜好性の高いもの
また、猫は血漿中のカリウム濃度の低下が食欲の低下に繋がります。
低カリウム血症が確認された場合にはカリウムを食事に補給し、食欲を維持することにます。
低カリウム血症は猫の食欲不振でみられる一般的な原因です。
心筋症の治療で利尿薬を飲んでいたり、慢性腎臓病になっていると合併しやすいです。
カリウムの補給は様々な種類のサプリやお薬があるので、お家のネコちゃんに合った飲みやすいものを探しましょう。
まとめ
肥大型心筋症について解説しました。
それではおさらいです。
- 発症年齢は平均5~7歳だが、幅がある。
- 好発品種はメインクーン、ラグドール、ブリティッシュショートヘア、ペルシャ、ベンガル、スフィンクス、ノルウェージャンフォレストキャット、バーマンなどが挙げられる。
- 好発品種以外でも発症はみられ、特に短毛の雑種のネコで多い。
- 血縁関係は要注意。
- メインクーンとラグドールでは肥大型心筋症の発症と関連している遺伝子の変異が報告されている。
症状
- 心不全を起こすと肺水腫になったり、胸水や心嚢水が溜まったりすることで、呼吸困難や循環不全に陥り救急になる
- うっ血性心不全の症状として、呼吸が速い、チアノーゼ、咳、ぐったりするなどが見られる
- 動脈血栓塞栓症により強い痛みと麻痺が生じ、慢性経過になると足の壊死が見られる
- 閉塞性肥大型心筋症により失神やふらつきが見られる
- 慢性的に重度の心不全によって、心臓悪液質になり、不可逆的に痩せてしまう
診断
- 心筋の肥大を心エコー図検査で検出し、心筋の肥大を起こすような他の疾患が除外されて肥大型心筋症と臨床診断される
検査
- 心雑音が大きく聞こえるほど、あるいはスリルが触れるほど心臓の異常は大きく、心筋症にかかっている可能性が高くなる
- レントゲン検査は迅速かつ簡単に心臓の拡大、胸水の有無、肺の全体像を確認できる
- 心臓バイオマーカーであるNT-proBNPや高感度トロポニンIは採血のみの短時間で検査を終えることができ、心臓病の検出するスクリーニング検査として利用することができる
- 高感度トロポニンIは心筋症の猫の心血管死のリスクの増加と関連する
- 心電図検査は心筋症の猫の不整脈を診断することができ、脱力や失神などの特有の症状がある際には必ず評価する
- 心エコー図検査は心臓病の診断のゴールドスタンダードであり、肥大型心筋症の場合には、心筋の肥大の評価に必要不可欠
- メインクーンとラグドールにおいてはMYBPC3(ミオシン結合タンパクC)の遺伝子変異が肥大型心筋症の発症に関連するが、遺伝子変異がない場合でも肥大型心筋症を発症することはある
- 遺伝子検査では肥大型心筋症のリスクが高いかや、遺伝病の拡散抑制の観点から行われる
治療
- 心筋の肥大を抑える治療:甲状腺機能亢進症や高血圧症があれば、それに対する治療を行う。
- 閉塞性肥大型心筋症の治療:失神やフラツキ、脱力といった症状の緩和や心不全の進行を抑えるためにβチャネルブロッカーと呼ばれる薬を使われることがある。強心薬や血管拡張薬(降圧剤)の使用は推奨されない。
- 動脈血栓塞栓症の予防:動脈血栓塞栓症のリスクの高いと考えられる所見がある場合には、予防的に抗血小板薬であるクロピドグレルの投与が推奨されている。
- 動脈血栓塞栓症の治療:急性期は入院治療として鎮痛治療と抗凝固療法を行い、慢性期は血栓症の再発を抑えながら、足のケアを行う。
- うっ血性心不全の治療:急性期は入院治療として酸素室による呼吸の管理と血液循環の改善を図る。退院後は内服薬による再発防止を行う。
- 在宅酸素療法による呼吸の管理:うっ血性心不全を起こした場合には自宅での酸素室の設置も考慮する
- 食事療法による心臓悪液質の管理:心臓悪液質によって痩せてしまわないように適切な栄養管理が必要。低カリウム血症が見られる場合には補給を行う。
肥大型心筋症は原因を治療することができない病気です。
難病に苦しむネコを減らすために、動物医療活動は各所で進んでいます。
例えば、アニコムは遺伝子検査により病気のネコを減らす運動を推進しております。
この記事を読んでいただき、ネコの遺伝病について理解が進んでいただけたら幸いです。
最後に、もしこの記事が気に入っていただけたら、多くの方に読んでいただけるように知らせていただけたら嬉しく思います。