数年前まで猫の不治の病といわれた猫伝染性腹膜炎(FIP)ですが、治療薬が登場し治療が可能な疾患になりました。
海外では、承認された治療薬の販売も始まりました。
しかし、治療に関する知見はまだまだ不十分です。
そこで、この記事では、ISFM(International Society of Feline Medicine:国際猫医学会)が発表している治療プロトコールを紹介します。
この治療プロトコールは、海外で認証されているFIP治療薬を用いて600頭以上治療を行ってきた治療方法ですので、非常に実績のあるものになります。
有名な猫の学会から提言されたプロトコールは非常に参考になりますので、是非ご覧ください。
※FIPの治療薬として、非合法な薬剤であるMUTIANやその他のGS-441524製剤も出回っていますが、それらの薬に関する記事ではありません。そのため、それらの治療薬に関する治療方法を記載したものではありませんので、予めご了承ください。
- 猫伝染性腹膜炎の治療実績のあるISFM(国際猫医学会)の治療プロトコールについて
- 猫伝染性腹膜炎の治療中の症状の変化について
- 再発時の対処
イントロ
2021年8月にイギリスで初めてFIPに対する治療薬が認可されました。
レムデシビルという注射の抗ウイルス薬です。
さらに、2021年11月には経口内服薬であるGS-441524も発売され、FIPに対する治療体制が大きく進みました。
一方で、非常に高価であることからすべてのネコや飼い主に提示できるものではないと思われます。
ISFMのプロトコルにおいても、飼い主様の経済状況を踏まえた安価な代替プロトコルも記載しております。
また、これらの薬剤は日本においては未承認であることもあり、日本での使用はいまだ限られています。
治療薬
ISFMが紹介している治療薬について解説します。
FIPの治療薬はレムデシビル、GS-441524、メフロキンの3つ紹介されています。
レムデシビル
レムデシビルは注射の薬剤です。
元々はヒトにおいてエボラ出血熱の治療薬として使用され、多くのウイルスに対する治療薬として研究されていました。
実際には、エボラウイルスに対する有効性は低かったようですが、近年では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の治療薬としての報告もされています。
レムデシビルはGS-441524のモノホスホロアミダートプロドラッグです、
つまり、レムデシビルは体内に吸収・代謝されて活性型のGS-441524になり、薬の効果を発揮する薬ということです。
レムデシビルとGS-441524は、ほぼ同じ成分と言えますね
そして、GS-441524がウイルスRNAの合成を阻害することで、抗ウイルス効果を発揮します。
注射の剤形であるため、体調の悪い猫に確実に投与することができることがメリットとなります。
これにより、治療の初期において、レムデシビルによるFIPの患者の猫の反応をより正確に評価することができます。
なぜなら、確実に治療を行いたい治療初期において、内服薬での治療開始では、正確に薬を飲んたかという不確実性はなるべく除外したいためです。
ただし、レムデシビルも薬剤であるため、猫に投与したときに副反応が見られる場合もあります。
猫におけるレムデシビルの副反応は以下の通りです。
- 皮下注射した部位の違和感や不快感
- 初回の注射から48時間以内に胸水が現れる、あるいは悪化することがある(時に胸水を抜いて呼吸を改善させる治療を必要とすることがある)
- 静脈注射したあとの数時間の間、元気がなくなったり、吐き気が現れたりする
- 好酸球増多症
- ALTの上昇
GS-441524
経口薬(飲み薬)の治療薬です。(他の非合法なメーカーから出ている製剤には注射薬のものもあります。)
GS-441524はウイルスRNAの合成を阻害することで、抗ウイルス効果を発揮します。
投与時には注意点があり、GS-441524は食前30分以上まえの空腹での投与が必要です。
mefloquine(メフロキン)
経口薬(飲み薬)の治療薬です。
ヒトの抗マラリア薬として1980年代に使用されていましたが、副作用や耐性の問題から現在はあまり使用されていないようです。
近年では、新型コロナウイルス感染症に対する治療薬としても注目されました。
猫においての投与時には注意点があり、メフロキンは食事と一緒に投与します。
なぜなら、空腹で与えると嘔吐することが多いためです。
治療期間
レムデシビルやGS-441524による治療薬での治療期間は12週間(84日間)です。
治療中は症状の回復、血液検査などの状態の改善が見られるかを定期的にモニタリングする必要があります。
12週間経過し、症状や検査結果に異常が見られない状態が続いていれば、治療を終了します。
治療後は治療薬なしの観察期間として、さらに12週間としています。
治療中と同様に、血液検査などでモニタリングを行います。
治療プロトコール
重症患者における治療プロトコール
食欲不振や脱水症状などの顕著な全身症状ある場合には、入院治療を行います。
- レムデシビルを1日1回の間隔で3~4日間、静脈注射で投与します。
(レムデシビルは生理食塩水で10mlにメスアップして、20~30分以上かけて投与) - 7~14日目までレムデシビルを1日1回の間隔で、皮下注射で投与します。
- 8~15日目に経口のGS-441524に変えてください。GS-441524を1日1回(または2回)の間隔で与え、少なくとも84日目まで続けてください。
- 薬剤の推奨用量は以下の表の通りです。
レムデシビルとGS-441524の投与量はFIP患者の臨床症状によります。
顕著な臨床症状がある場合には、薬剤の投与量が多くなります。
臨床症状 | レムデシビルの注射投与量 | GS-441524の経口投与量 |
---|---|---|
腹水あるいは胸水貯留がある (眼と神経の症状はない) | 10mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
腹水あるいは胸水貯留がない (眼と神経の症状はない) | 12mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
眼の症状がある | 15mg/kgを1日1回 | 15mg/kgを1日1回 |
神経症状がある | 20mg/kgを1日1回 | 10mg/kgを1日2回 |
食欲のある通常の患者のプロトコール
食欲があり、脱水症状もない患者では適応になります。
- 7~14日目までレムデシビルを1日1回の間隔で、皮下注射で投与します。
- 8~15日目に経口のGS-441524に変えてください。GS-441524を1日1回(または2回)の間隔で与え、少なくとも84日目まで続けてください。
- 薬剤の推奨用量は以下の表の通りです。
臨床症状 | レムデシビルの注射投与量 | GS-441524の経口投与量 |
---|---|---|
腹水あるいは胸水貯留がある (眼と神経の症状はない) | 10mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
腹水あるいは胸水貯留がない (眼と神経の症状はない) | 12mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
眼の症状がある | 15mg/kgを1日1回 | 15mg/kgを1日1回 |
神経症状がある | 20mg/kgを1日1回 | 10mg/kgを1日2回 |
代替プロトコール
①経口内服薬のみのプロトコール
レムデシビルによる治療が経済的な理由などにより行えない場合の代替プロトコールになります。
- 初日から推奨用量での経口のGS-441524を与えます。GS-441524を1日1回(または2回)の間隔で与え、少なくとも84日目まで続けてください。
- 薬剤の推奨用量は以下の表の通りです。
臨床症状 | GS-441524の経口投与量 |
---|---|
腹水あるいは胸水貯留がある (眼と神経の症状はない) | 10~12mg/kgを1日1回 |
腹水あるいは胸水貯留がない (眼と神経の症状はない) | 10~12mg/kgを1日1回 |
眼の症状がある | 15mg/kgを1日1回 |
神経症状がある | 10mg/kgを1日2回 |
②メフロキンを用いるプロトコール
さらに、経済的に治療薬を使用することが困難な場合には、メフロキンを使用したプロトコールがあります。
ただし、このプロトコールで治療が上手くいかなかった場合や、再発が見られた場合にはGS-441524などの治療プロトコールが推奨されます。
なぜなら、メフロキンによる治療法はその治療効果が十分に検討されておらず、治療効果が承認されているレムデシビルやGS-441524より治療の確実性が劣るためです。
したがって、メフロキンで治療が上手くいかなかった場合には、最初からFIP治療薬による治療プロトコールをする必要となり、より長い治療期間や治療費がかかってしまうリスクもあります。
- 可能な限りおおくの日数まで、レムデシビルの1日1回の皮下注射、あるいはGS-441524を1日1回(または2回)の間隔で与えます。
- その後、メフロキンの経口薬に変えてください。メフロキン62.5mg/catを毎週2-3回(大きな猫は週に3回))、または20-25mgを1日1回の間隔で与え、少なくとも84日目まで続けてください。
- 薬剤の推奨用量は以下の表の通りです。
臨床症状 | レムデシビルの注射投与量 | GS-441524の経口投与量 |
---|---|---|
腹水あるいは胸水貯留がある (眼と神経の症状はない) | 10mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
腹水あるいは胸水貯留がない (眼と神経の症状はない) | 12mg/kgを1日1回 | 10~12mg/kgを1日1回 |
眼の症状がある | 15mg/kgを1日1回 | 15mg/kgを1日1回 |
神経症状がある | 20mg/kgを1日1回 | 10mg/kgを1日2回 |
治療中の様子や注意事項(モニタリング)
レムデシビルやGS-441524を用いて治療を始めてからも、FIPに罹っている猫の様子は注意深く観察します。
治療中の様子を観察する目的は2つあります
- 治療中のネコが順調に快方に向かっているかを把握するため
- 治療が上手くいかない場合に、再度診断をし直すか、あるいは薬用量を増やすのかを検討するため
治療期間中は猫の様子を病院あるいは自宅で注意深く観察します。
診察時には血液検査やPOCUS(ポイントオブケア超音波検査:診察時にエコー検査を用いて手軽に観察する超音波検査のこと)で猫の容態を評価します。
これらを行って、FIPからの改善をモニタリングします。
治療中の様子
発熱、食欲や活動性の改善
治療薬を始めると2~5日目には、熱は下がります。
それに伴って、食欲か出てきて、元気さを取り戻すようになります。
胸水や腹水の減少
治療を開始して、2~5日目には胸水や腹水などの貯留液は減少します。
そして、2週間経過すると貯留液は消失します。
しかし、ときどき呼吸状態が治療開始後の2日間ぐらいに一過性に悪化する場合があります。
そのため、呼吸様式に関しては注意し、努力呼吸が見られないか、安静時の呼吸数が増えないかをよく観察する必要があります。
血液検査の異常の改善
血液検査データの改善も徐々に現れます。
容態が回復していても、血液検査によるモニタリングは、治療開始後2週間から行い、その後毎月行うことが推奨されています。
まず、1~3週間で血清蛋白の改善が見られます。
アルブミン(ALB)は増加し、グロブリン(Glb)は低下し、正常化に向かいます。
同時に黄疸がある場合には改善が見られます。
リンパ球減少症と貧血(赤血球数、ヘマトクリット値、ヘモグロビン量の低下)は改善するのに時間がかかり、約10週間で回復します。
また、好酸球数が徐々に増加することがよく見られます。
肝臓の障害(ダメージ)を示す肝酵素であるALTの上昇がみられる場合があります。
このALTの上昇の原因は薬剤による影響かあるいはFIPによるものかは分かりませんが、抗ウイルス薬の治療をやめる大きな理由にはなりません。
リンパ節の腫れ
リンパ節の腫大(リンパ節の腫れ)はFIPによる炎症性の腫れになります。
腫れが引いて、リンパ節のサイズが小さくなるのには数週間かかります。
治療薬の投与量(薬用量)の見直し
上記の治療中の様子の様に、治療薬の効果が出てくると症状は順調に改善していきます。
しかし、中には治療に対して順調に経過しない場合があります。
つまり、治療効果がない、あるいは不十分である場合です。
これらの場合には診断の見直しや治療薬の増量を検討します。
治療薬の増量を決める具体的なケースは以下の通りです。
- 治療薬を開始しても、症状の改善がイマイチ
- 貯留液(腹水や胸水)の減少が不十分で、2週間経過しても溜まっている
- 高グロブリン血症やA/G比の異常が6~8週間経過しても見られる場合
- 再発した場合
再発した場合に関しては後述します。
治療を止めるタイミング
治療薬を止める条件は以下の通りです。
- 治療開始して12週間(84日間)経過する
- 少なくとも2週間(理想的には4週間)、FIPによって発現していた症状(食欲不振や腹水・胸水、黄疸、眼や神経症状など)がない
- 少なくとも2週間(理想的には4週間)、FIPによって現れていた血液検査での異常がない
上記の条件を満たして、猫の容態が安定しているのが確認出来たら治療をやめます。
しかし、状態が改善せず、安定した状態にならない場合には治療期間を延長することのも考慮する必要があります。
治療薬をやめた後は、治療後のモニタリングを行っていきます。
治療後のモニタリング
治療終了後、12週間(84日間)をモニタリングの期間となります。
治療後も約3ヶ月間は観察が必要です。
治療後のモニタリングは治療中と同様に、症状と血液検査、場合によってはエコー検査によって行います。
ISFMは、血液検査は治療を止めた2週間後と1ヶ月後で行うことを推奨しています。
つまり、約3ヶ月間は注意して、診察と検査を毎月受けながら様子を見ていくことになります。
ただし、いくつかの症例では、モニタリングの検査で異常が見られなくても、再発が見られることがあります。
再発したとき
胸水や腹水の貯留、発熱、目や神経学的症状の発現または高グロブリン血症などの徴候が見られた場合は、再発を疑います。
もちろん、本当に再発してしまったかどうかを確認するために、追加の検査として腹水や胸水のサンプリングなどを再度行います。
それでも、再発が確定的である場合、治療を再開します。
再発したときの薬用量
再発した場合の治療は、レムデシビルやGS-441524を用いますが、前回使用した薬用量よりも多い量で治療を強化して行います。
増量する薬用量は3~5mg/kg/日ほど多い量で使用することが通常です。
例えば、腹膜炎で腹水が溜まっていたFIPのネコ(wet type:滲出型FIP)において、レムデシビル 10mg/kg/日、GS-441524 10mg/kg/日で治療終了後に、再発した場合です。
この場合は、レムデシビル 13~15mg/kg/日、GS-441524 13~15mg/kg/日に増やして治療を再開します。
しかし、猫の容態が重篤であったり、神経症状に発展していた場合には神経型のFIPの薬用量(レムデシビル 20mg/kg/日、GS-441524 20mg/kg/日)にまで増やして治療すること検討します。
非常に稀なケースですが、既に神経型の薬用量(レムデシビル 20mg/kg/日、GS-441524 20mg/kg/日)で治療を行っていて再発した場合には、メフロキンを追加して投与することも検討されます。
この場合、追加するメフロキンは62.5mg/catを毎週2-3回(大きな猫は週に3回)で投与します。
再発時の治療期間
再発時の治療期間は同様に12週間(84日間)です。
中には、短い治療期間で再発時の治療を終了できる症例もいるようですが、再発を繰り返さないために12週間しっかりと強化した治療で治療することが推奨されています。
再発時にしてしまうと、単純に2倍以上の費用がかかりますね……
まとめ
ISFMによるFIPの治療プロトコール(2021年最新版)について解説しました。
それではおさらいです。
猫伝染性腹膜炎(FIP)治療について
- FIPは治療可能な病気であり、ISFMから治療プロトコールが2021年に発表されている
治療薬
- 治療薬はイギリスやオーストラリアにおいて承認されており、レムデシビルやGS-441524という薬剤がある
- レムデシビルは注射薬、GS-441524は内服薬として製造されている
治療期間
- 12週間(84日間)治療する
治療プロトコール
- 食欲不振や脱水症状などの顕著な全身症状ある場合には、入院治療を行う
- 注射のレムデシビルを1~2週間(7~14日間)使用した後に、GS-441524の内服薬治療に切り替わる
- 腹水や胸水の貯まらない非滲出型(ドライタイプ)であったり、眼や神経の症状がある場合には使用する薬剤の量を多くして治療する
- 治療費に制限がある場合のための、代替プロトコールがある
治療中の様子
- 治療開始後2~5日目で熱が下がり、食欲や活動性が出てくる
- 胸水や腹水は治療開始後2~5日目で減り始めて、2週間後には消失する。まれに、呼吸状態が治療開始後の2日間ぐらいに一過性に悪化する場合があるため注意が必要。
治療薬の投与量(薬用量)の見直すケース
- 貯留液(腹水や胸水)の減少が不十分で2週間経過しても溜まっている場合、高グロブリン血症やA/G比の異常が6~8週間経過しても見られる場合など、治療中でも症状の改善がイマイチなとき
- 治療終了後に再発したとき
治療を止めるタイミング
- 治療開始して12週間(84日間)経過し、少なくとも2週間(理想的には4週間)、FIPによって発現していた症状や血液検査での異常がないときに治療を終了する
- 12週間(84日間)を経過しても、安定した状態にならない場合には治療期間を延長することのも考慮する
治療後のモニタリング
- 治療終了後、12週間(84日間)を観察期間として、診察と検査を受けながら再発がないかモニタリングする
再発したとき
- 再発した場合の治療は、前回使用した薬用量よりも多い量(3~5mg/kg/日ほど)で治療を強化して行います。
- 再発時の猫の容態が重篤であったり、神経症状に発展していた場合には神経型のFIPの薬用量(レムデシビル 20mg/kg/日、GS-441524 20mg/kg/日)にまで増やして治療すること検討する
- 再発時の治療期間は同様に12週間(84日間)が推奨される
日本においてはFIPの治療薬はまだ承認されていません。
日本でFIPの治療を受ける場合、現在はMUTIAN提携病院やその他のGS-441524製剤を販売している業者より試薬を入手することがほとんどです。
その他にも、モルヌピラビルと呼ばれる抗ウイルス薬がFIPの治療薬としても注目されています。
しかし、副作用や治療プロトコールに関する知見が少ないことから、まだ第一選択の治療法としては推奨されていません。
治療を受けることが出来ずに亡くなる猫も少なくないと思います。
近い将来に日本においても承認された治療薬で治療できることを願っております。
最後に、この記事が少しでも飼い主様の疑問に解決し、どうぶつ達の健康に繋がれば幸いです。