僧帽弁閉鎖不全症は犬の心臓病で最も多く見られ、徐々に進行し心不全を発症して命に関わる病気です。
ですが、すべての僧帽弁閉鎖不全症の犬で治療が必要なわけではありません。
アメリカ獣医内科学会(ACVIM)は犬の僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインを2019年に新しく発表しています。
ガイドラインでは僧帽弁閉鎖不全症の治療が必要なのは病気の進行が見られるステージB2からと推奨されています。
この様に、適切な治療を適切な時期から行うことが重要です。
現在、日本においてもACVIMガイドラインに則って診断と治療を行う動物病院がほとんどです。
そのため、ACVIMガイドラインを知っておくことは心臓病をもつワンちゃんの飼い主様にとってとても大切なことになります。
この記事では獣医もりぞー先生が、ACVIMガイドラインに基づいた犬の粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)、いわゆる僧帽弁閉鎖不全症の診断と治療について分かりやすく解説します。
- 僧帽弁閉鎖不全症ってどんな病気?
- そもそもステージって何?
- 治療方法はどのようなものがあるのか?
この様な疑問を解決するキッカケになると思いますので、是非最後までご覧ください。
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症のACVIMガイドライン
- 犬の僧帽弁閉鎖不全症のステージ分類
ACVIMガイドラインとは
アメリカ獣医内科学会(American College of Veterinary Internal Medicine:ACVIM)により2019年に新たに出されたガイドラインです。
これは2009年に初めて出された犬の粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)、いわゆる僧帽弁閉鎖不全症のガイドラインを改訂し、アップグレードしたものになります。
循環器専門医たちが集まり、多くの臨床研究を基にしてガイドラインを作成し、犬の僧帽弁閉鎖不全症の診断や治療に関する「推奨クラス」とそれに対する根拠となる「エビデンスレベル」を記載して示しているのが特徴です。
また、ガイドラインでは僧帽弁閉鎖不全症を病気の進行具合によってステージ分類を行っており、ステージ分類診断とそれに応じた推奨される適切な治療法を記載しています。
僧帽弁閉鎖不全症はどんな病気
犬の心臓はヒトと同様に左心房、左心室、右心房、右心室に4つの部屋からなります。
心臓の左心房と左心室を隔てる僧帽弁と呼ばれる「弁」が病気を起こす場所になります。
この心臓内の弁は必要な時に開いたり閉じたりすることで、心臓が血液を循環させるポンプとしてドクドクと拍動する際に血液が逆流せず一方向に循環するようになっています。
この僧帽弁において粘液腫様変性という変化が起こり、弁の形状がポコポコした形に変化します。
これによって、弁がうまく閉じなくなるために左心室と左心房の間で血液の逆流が起こります。これを僧帽弁逆流といいます。
この僧帽弁がうまく閉じない病態を言い換えると、僧帽弁の閉鎖が不全の状態=【僧帽弁閉鎖不全症】といいます。
原因は?
加齢に伴って病気が表れてきますが、弁の変性が起こる原因はハッキリとは分かっていません。
病気の発症や重症化には遺伝的な要因があると言われています。
病気がどのように進行する?
僧帽弁での血液の逆流によって左心房や左心室において血液がうっ滞して、血液の流れが滞るようになります。
この結果、心臓が全身に血液を送るための仕事の効率が悪くなると同時に、心臓は血液でパンパンの状態になります。
この状態に対して、心臓はその負荷に対応するように徐々に大きくなります(リモデリングといいます)。
左心房や左心室が拡大するのと並行して、僧帽弁の異常も進行します。僧帽弁と乳頭筋を繋ぐ腱索が千切れていたり(腱索断裂)、僧帽弁の付着部である弁輪部が拡大したりします。
それによって、さらに僧帽弁逆流が悪化し、病気がより悪化します。
どうなるのか?症状は?
最終的には、心臓の対応も追いつかなくなり心機能がうまく機能しなくなる状態である心不全を発症します。
心不全に陥ることで、心臓と繋がっている肺でうっ滞した血液の液体成分が浸み出してしまい、肺の中に水が溜まってしまいます。
この状態を肺水腫と呼び、救急疾患になります。
症状は?
症状としては呼吸が速い、酸素欠乏で舌の色が紫色(チアノーゼ)、咳、疲れやすい(運動不耐性)などが見られます。
診断
身体検査、胸部レントゲン検査、心臓バイオマーカーであるNT-proBNPなどによって心臓の異常を検出します。
そして、心臓の超音波検査(心エコー図検査)によって確定診断します。
身体検査
聴診にて心臓の音の異常を確認します。多くのワンちゃんがここで心臓病の可能性を先生から指摘されると思われます。
心臓の音の異常を心雑音といい、心臓での血流の異常を見つけるために有用です。
特に、僧帽弁閉鎖不全症では血液の逆流によって起こる心雑音が聴診によって聴取されます。
また、胸に手を当てると心臓のドクンドクンという拍動が触れますが、心臓の血流の異常が大きくなるほど心臓が震えるような拍動が触れるようになります。これをスリルといいます。
心雑音が大きく聞こえるほど、スリルが触れるほど心臓の異常は大きいことが予測されます。
レントゲン検査
X線を用いた検査で、胸部を撮影し、肺や気管などの呼吸器の問題、心臓や血管の異常を見つけます。
心臓病の場合は、心臓への負荷に伴い心臓の拡大がないかや肺水腫になっていないかを評価します。
心臓の大きさは犬種だけでなく、個体差があります。これは犬というどうぶつの特徴からなるものです。
そのため、成犬になったらまず一度検査を受けて、健康な状態での心臓の大きさの確認を受けましょう。それによって、心臓に問題が起きてきた際に気づきにくい軽度の異常から検出できる可能性を上げることができます。
さらに健康診断で定期的に検診を受け、心臓の変化をモニタリングすることをお勧めします。
NT-proBNP
NT-proBNPは心臓バイオマーカーの一つであり、心室の心筋細胞が大きな負荷を受けたかを検出する血液検査の項目です。
採血のみの短時間で検査を終えることができ、さらに心臓の負担を客観的な数値で評価することができるため、心臓病の検出やその重症度まで判断することができます。
また、咳や呼吸が速いなどの症状が心臓病からくるものであるのかを分けることもできます。
NT-proBNPについては以下の記事でも詳しく解説していますので、是非ご覧ください。
心エコー図検査
超音波検査では超音波を用いてリアルタイムでの臓器の形を評価します。
心臓病の検査のゴールドスタンダードです。
心エコー図検査は心臓の形態や内部の構造の異常の検出、拡張性や収縮性などの心臓の運動性の評価、さらに血流の異常をエコーの信号から非侵襲的に測定することができるため、心臓の病態を理解するためには最も重要な検査項目です。
僧帽弁閉鎖不全症では弁の変性、血液の逆流、心臓の拡大があるかなどを計測・評価し、その結果から病気の確定診断と進行具合(ステージ)の分類を行います。
また、呼吸困難の際には胸水の貯留がないかを迅速に診断し、肺エコー検査で肺の細かな病変がないかを評価することが出来ます。
血圧測定
腕や足、あるいは尻尾に血圧測定用のカフと呼ばれるバンドを巻いて血圧を測定します。
犬の場合は、主に収縮期血圧(いわゆる上の血圧)で血圧の高さを評価し、高血圧症がないかを診断します。
全身性の高血圧症が併発している場合、僧帽弁閉鎖不全症の病態を悪化させるため、高血圧症がないかを評価することは大切です。
また、個体ごとのベースの血圧を把握しておくことで、今後血圧のコントロールが必要なった際に有用です。
したがって、僧帽弁閉鎖不全症のワンちゃん全てにおいて血圧測定をおすすめします。
これはACVIMガイドラインにおいても強く推奨されています。
病気のステージ
ACVIMガイドラインでは犬の粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD)、いわゆる僧帽弁閉鎖不全症を病気の進行具合に応じて4段階のステージで病期分類しています。
ステージは、①好発犬種であるか②心臓の拡大の有無による形態学的変化③肺水腫による呼吸困難の症状の有無④その治療の反応性の4つに応じて主に分類されています。
ステージはA~Dまであり、ステージDの方が病気は重度で進行した状態にあります。
特に、治療介入が必要かどうかを分けるステージB2の診断が重要です。
ステージA:心不全を発症するリスクが平均より高いですが、診察の時に明らかな構造的な異常がない犬
つまり、診察のときに心雑音が聴取されない、まだ僧帽弁閉鎖不全症にかかっていないキャバリアや小型犬種(ミニチュア・ダックスフンド、トイプードル、チワワなど)を指します。
日本では特にキャバリア、マルチーズ、シーズーが罹患率が高い犬種になります。ただし、人気犬種ということもあり罹患している頭数はチワワが圧倒的に多いです。
ステージB:僧帽弁の構造異常があり、それによって僧帽弁での血液の逆流がありますが、心不全の臨床症状を起こしたことは一度もない無症状の犬
ステージB1:心臓への負担を表す心臓の拡大がないため、心不全の発症を遅らせるための治療の必要性がない段階の犬
ステージB2:心臓への負担を表す心臓の拡大があり、心不全の発症を遅らせるための治療の必要性がある段階の犬
ステージC:心不全の臨床症状(肺水腫)を表すほどの重症の僧帽弁閉鎖不全症になっているが、標準的な心不全治療で改善がみられる犬
ステージD:心不全の臨床症状(肺水腫)を表すほどの重症の僧帽弁閉鎖不全症になっており、さらに標準的な心不全治療に抵抗性がある犬
治療
ステージB2以上に進行している場合は治療を推奨します。
逆に言うと、ステージAとステージB1は内服薬や食事などによる治療は推奨されていません。
理由は以下の通りです
ステージAとステージB1で治療を推奨しない理由
- 僧帽弁閉鎖不全症のこの初期段階では、心不全への進行が不確実であるため
- 推奨される定期検診の内に心不全を発症する可能性が低く、この段階で投薬が有効であるという根拠がないため
内科治療
僧帽弁閉鎖不全症に対する治療はお薬による内科治療が主体です。
うっ血性心不全により肺水腫に陥っている際の急性期の治療と、呼吸や循環動態が安定している慢性期の治療があります。
治療を始める目安は、僧帽弁閉鎖不全症による心臓への負荷により心臓が拡大し、今後心不全を発症するリスクのあるステージB2から、心不全のリスクを低下させる目的で治療を開始します。治療薬としては強心薬であるピモベンダンの投与が推奨されています。
そして、ステージや病態が進行した場合や症状に応じて、ベナゼプリルやアラセプリル(アピナック)などのアンギオテンシン変換酵素阻害剤(ACE-I)、スピロノラクトンなどの利尿薬での治療の追加が検討されます。
また、重度の心不全によって合併症に陥る場合があり、心房細動と呼ばれる不整脈や肺高血圧症と呼ばれる肺への血液循環の異常を起こすことがあります。その場合には、それに応じた治療薬を検討します。
僧帽弁閉鎖不全症の急性期である肺水腫は呼吸困難を起こす救急疾患になります。
厳格な酸素供給による呼吸管理を行いながら、うっ血性心不全による血液循環の異常を改善させて呼吸状態の回復を目標にして治療します。
食事療法
ステージB2以降より食事療法を検討します。
重度の僧帽弁閉鎖不全症によって、慢性的にうっ血性心不全を患っている犬では、合併症として「心臓悪液質」と呼ばれる栄養不良状態になります。
この心臓悪液質になると、特に筋肉量が減少することで瘦せていくようになります。その結果、余命に大きく悪影響を及ぼすことになります。
この心臓悪液質は予防することよりも治療することの方が難しいため、これを避けるために適切な栄養管理を行うことは僧帽弁閉鎖不全症をもつワンちゃんにとってとても重要なことになります。
心臓病をもつワンちゃんで推奨されるドッグフードの内容は以下の通りです。
- ナトリウムを軽度に制限したもの
- ナトリウムを過剰に摂取するようなドッグフード、おやつ、トッピングは避ける
- 最適な筋肉量や体型を維持するために、適切なタンパク質と十分なカロリーが含まれるもの
- しっかりと食事を摂取するために、嗜好性の高いもの
※低カリウム血症が確認された場合にのみカリウムを食事に補給します。血液検査で血清電解質濃度をモニタリングしながら行います。
※高カリウム血症が存在する場合は、カリウム含有量の高い食事やドッグフードは避ける必要があります。
※心不全が進行しているときや不整脈のある犬において、低マグネシウム血症が確認された場合は、マグネシウムを補給してください。
つまり、心臓病が原因で痩せてきているワンちゃんはDHAやEPAなどのオメガ3脂肪酸をしっかりとることも大切ということです
オメガ3脂肪酸の補給にはアンチノールをはじめとしたサプリメントが数多くあります。
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心臓病に対する食事療法は以下の記事でも詳しく解説していますので、是非ご覧ください。
外科手術
僧帽弁閉鎖不全症は重度の心臓の拡大があり今後肺水腫を起こす可能性が高い場合や、肺水腫になった場合のいずれかで、命の危険にかかわる可能性が高いには手術が適応になることがあります。
しかし、手術を安全に行える施設が限られるのが現実です。
ACVIMガイドラインにおいてもステージB2以上の場合に、合併症の発生率が低い施設における僧帽弁の再建術を選択肢として示しております。
手術の対応が出来る病院があるか、それ以外にも年齢、併発疾患、手術費用、アクセスなどの様々な条件を考慮して、手術を受けるかをご家族や主治医の先生、循環器専門医と慎重に相談する必要があります。
自宅での酸素室(在宅酸素療法)
ガイドラインでの明確な記載はありませんが、個人的な見解としてはステージC以上の場合には自宅での酸素室の設置も検討します。
酸素室の自宅での設置に関しては、ワンちゃんの重症度などの病態や性格、自宅での環境、ご家族の状況に合わせてケースバイケースになります。
酸素室を自宅に設置する具体的な例としては以下の通りです。
酸素室を自宅に設置するケース
- 肺水腫になり入院してしまったがその後回復し、退院して内服薬による厳密な治療をスタートしていく際に肺水腫の再発など様々な不安がある場合
- ステージDで標準的な治療に対して抵抗性のある重度の僧帽弁閉鎖不全症で、短期間に肺水腫を繰り返している場合
- 末期の僧帽弁閉鎖不全症で、酸素療法なしでは呼吸の管理が困難な場合
最近では、酸素室の設置方法にはレンタルするかあるいは購入するか、酸素をいれるケージは従来通りのアクリル製のケージからテント状のものがあるなど、様々なニーズに合わせたものがあります。
まとめ
犬の僧帽弁閉鎖不全症について解説しました。
それではおさらいです。
犬の僧帽弁閉鎖不全症
- 粘液腫様僧帽弁疾患(MMVD、いわゆる僧帽弁閉鎖不全症)は犬の心臓病で最も多い、加齢に伴って僧帽弁の変性が起こる原因不明の心疾患であり、遺伝的な要因があると考えられている
- ACVIMより2019年に新たに診断と治療に関するガイドラインが出ている
僧帽弁閉鎖不全症の病態と症状
- 僧帽弁閉鎖不全症によって弁がうまく閉まらなくなり、血流が逆流する
- 粘液腫様僧帽弁疾患は加齢に伴って僧帽弁の変性が起こる原因不明の心疾患であり、遺伝的な要因があると考えられている
- 僧帽弁閉鎖不全症が悪化すると心臓が大きく拡大する心不全を起こすと肺に水が溜まる肺水腫になる
- 症状としては呼吸が速い、酸素欠乏で舌の色が紫色(チアノーゼ)、咳、疲れやすい(運動不耐性)などが見られる
僧帽弁閉鎖不全症の検査
- 身体検査、胸部レントゲン検査、心臓バイオマーカーであるNT-proBNPなどによって心臓の異常を検出し、心臓の超音波検査(心エコー図検査)によって確定診断する
- 血圧測定はACVIMガイドラインでも強く推奨されている
僧帽弁閉鎖不全症のステージ分類
- ACVIMガイドラインでは僧帽弁閉鎖不全症を4段階のステージで病期分類している
- ステージは①好発犬種であるか②心臓の拡大の有無による形態学的変化③肺水腫による呼吸困難の症状の有無④その治療の反応性に応じて分類される
- 治療介入が必要かどうかを左右するステージB2の診断が重要
僧帽弁閉鎖不全症の治療
- 治療には内科治療、食事療法、外科手術があり、内科治療が主体となっている
- 外科手術は各種条件がクリアされるなら検討
獣医療において日々臨床研究がなされ、多くの学術論文や発表がなされています。
それらを専門医の監修の下で、作成されたACVIMガイドラインは獣医師や多くのどうぶつ達にとって有益な情報となります。
これを知っておくことが飼い主様やご家族にとっても大切なことであると考えられます。
ただし、注意点もあります。
今回ガイドラインに則って病気の診断と治療について解説しましたが、実際には同じ検査結果でも解釈が異なり、その子その子によって治療の方向性も異なります。
それは獣医療が検査・治療に当たる獣医師、犬の健康上や環境での問題点、飼い主様の立場など様々な要因を考慮して行われるためです。
そのため、ガイドラインを完全に順守した治療を行うのではなく、ガイドラインに沿って目の前のご自身のワンちゃんの治療の最適解を獣医師と飼い主様の信頼関係の下で一緒に考えていくことが重要であると考えます。
特に難しい病気の場合、獣医さんの説明をよく聞いて、ご家族のワンちゃんに合った治療の方法を相談して決めていくのがよいでしょう。
もし、少しでも分からないことがありましたら、かかりつけの獣医さんに気軽に質問すると良いでしょう。
最後に今回の記事が少しでも飼い主様の疑問に解決し、どうぶつ達の健康に繋がれば幸いです。
論文情報:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/jvim.15488
※正確な論文の解釈をするなら、原文を読むことをお勧めいたします。